羽生結弦が見せた『プロローグ』 夢の終わりは、新たなる夢の始まり

沢田聡子

「フィギュアスケートの限界を超えたい」

 『プロローグ』は、濃密な競技人生を振り返るという不可欠なステップであったと同時に、羽生がアマチュア時代からみせていた芸術との高い親和性を再認識させるものでもあった。優れたアスリートである羽生は、同時に自らがアートそのものとなり得る稀有なアーティストでもある。プロとなった羽生は、ルールの制限なしにその才能を遺憾なく発揮するステージを手にしたのだ。

 前述の囲み取材で、羽生は揺れる胸中を吐露している。

「プロだからこその目標みたいなものって、具体的に見えていないんですよ。なんかこういうことって、ある意味僕の人生史上初めてのことなんですよね。今までは、僕4歳の頃から常に“オリンピックで金メダルを獲る”という目標があった上で生活してきていたので、ちょっとだから今宙ぶらりんな感じではいます」

 プロとしての確固たる目標がない状態に対する戸惑いに言及した羽生は、しかし言葉を継いだ。

「ただ、こうやってまずはこの『プロローグ』を成功させるために毎日毎日努力していった。また今日は今日で一つひとつのジャンプだったり演技だったり、そういったものに集中していったりとか。多分そういったことが積み重なっていって、また新たな『羽生結弦』というステージにつながっていったり、またそれが積み重なっていくことで、新たな自分の基盤ができていったりもすると思うので。今出来ることを目一杯やって、またフィギュアスケートというものの限界を超えていけるようにしたいな、という気持ちでいます。それが、これからの僕の物語としてあったらいいなと思います」

 羽生にとってはまた重い期待になるのかもしれないが、彼ならプロとして、フィギュアスケートの新たな可能性を創り出してくれるのではないかと思わずにはいられない。『プロローグ』は、その名の通りプロスケーター・羽生結弦が描く物語の序章となるアイスショーとして記憶されるだろう。(文中敬称略)

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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