[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 最終話 We’re Blue
オラルは照れくさそうに、自分の手首に巻かれたミサンガを見せた。
「みんなに受け取ってほしいものがある。入院中、ドクターに勧められて、リハビリの一環でミサンガをつくってみた。選手とスタッフ、全員分ある」
「えええ! 監督がミサンガを編んだの!?」
選手たちが驚きの声をあげると、オラルは「あくまでリハビリのためだ」と頬を赤らめた。
フックスが紙袋を受け取り、1人1人に配り始めた。藍色、水色、紺色、異なるブルーが三つ編みにされている。約30人分となると、かなりの時間がかかったに違いない。だが、オラルは復帰を目指して、日々ベッドの上で編み続けたのだ。
フックスは配り終えると、最後に自分の手首にミサンガを結んだ。全員の手首がブルーでつながった。
丈一はキャプテンとして、行動を起こさずにはいられなかった。
「みんなで円陣を組もう!」
【(C)ツジトモ】
試合前のロッカールームにいるかのように、オラルが叫んだ。
「Seid Ihr hungrig auf ein Wunder?」(お前たちは奇跡に飢えているか?)
全員がドイツ語で「ヤー!」と呼応した。もはやこのグループの主語は「I」(私)ではない。バラバラだった個人がひとつになり、「We」(私たち)と名乗れる集団になった。
丈一が地中海を見つめて砂浜に座っていると、アフロヘアの小柄な少年がこちらへ向かって歩いているのに気づいた。小高有芯だ。光の中を浮かぶように近づいてくる。
W杯前の準備期間、この18歳に丈一はどれだけ振り回されただろう。守備をサボっていることを指摘され、さらにキャプテンを辞退すべきだと言われた。しかし最後はVRルームに行くことを提案して、オラルを失望させた丈一を救ってくれた。
有芯にはどんな無茶をしても、許される雰囲気がある。これが若さだろうか。丈一は感謝の気持ちとともに、「ヨォー!」と手を振った。
「オハヨーッス」
有芯は元気よく挨拶(あいさつ)すると、通り過ぎざまにささやくように言った。
「今日のブラジル戦、ジョーさんには負けませんよ」
本気なのか、それとも冗談なのか。おそらくその両方だろう。丈一は苦笑いしながら「こっちも負けねーよ」と返した。
【(C)ツジトモ】
自分たちはひとつの青になれただろうか? 丈一は手首に巻かれたミサンガを見た。なれた自信がある。
答えはきっと、W杯が出してくれる。エゴに縛られた「I'm Blue」を超えて、真の感謝の気持ちでつながった「We're Blue」になれたのかを。
<完>
【(C)ツジトモ】
新章を加え、大幅加筆して、書籍化!
【講談社】
代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。
【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
※リンク先は外部サイトの場合があります