[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第24話 丈一「らしさ」と暴かれた秘密

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 日本代表対SCサンクト・ガレンU-19の2本目が行われている間、キャプテンの上原丈一は、3列しかない質素なメーンスタンドの席に座った。非公開のため、他に座っている者はいない。相手チームの監督の指示だけが、森に囲まれたピッチに響き渡っている。

 すでに1本目に出たメンバーの多くは自転車でホテルに帰った。だが、丈一は松森虎の爆発をどう受け止めていいか分からず、部屋に戻る気になれなかった。

 チリ戦でサブだったメンバーによる2本目も「パックパス禁止」のため、丈一が出た1本目と同じく大混乱に陥っている。開始から10分も経たないのに3失点していた。

【(C)ツジトモ】

「バックパス禁止の試合って初めてでしたよ。ある意味、思い出になるかもなあ」

 丈一が声の方を見ると、1つ隔てた席にグーチャンが腰をかけた。本名はグーチャンネジャード吾郎。柏ソラーレに所属するイラン系3世の23歳だ。戦車のような体をしたハードワーカーで、フランク・ノイマン監督の下では3トップの右で使われていた。

「実は僕、ユースまではFWだったんですよ。ボランチになったのはユースから。だから新監督が前線で使ってくれて、ちょっとうれしかったんですよね。さすがにバックパス禁止は戸惑いましたけど」

「へー、そうだったんだ」

 丈一は、リゴプールの高木陽介以外に、ノイマンの戦術に肯定的な選手がいることに驚いた。

「最近、視野が狭くなってたかもな。グーチャンがそう感じていたことにまったく気づかなかった。もっと周りが見えていたら、タイガーをキレさせずに済んだのかもしれない」

「後悔なんて、丈一さんらしくないですよ。前にインタビューで言ってたじゃないですか。『GKにとって嫌なFWは、シュートを外しても平然としているタイプ。後悔の概念がないやつだ』って」

「よく読んでるなあ。そう言えば、こうやってグーチャンと2人でゆっくり話すのって初めてかもな」

 丈一が日本リーグからトルコのガラテサライへ移籍したのは7年前のことだ。そのときグーチャンは16歳。つまり2人は公式戦で対戦したことがない。

「実は僕、ずっと丈一さんに憧れてたんですよ。丈一さんのドリブルが好きで、ユースのときもよくまねしてたなぁ。僕は結局、ボランチになっちゃいましたが、丈一さんのチャンピオンリーグ決勝の5人抜き、あのときはテレビの前で飛び跳ねて、『ジョー、行け! 決めろ!』って声をあげてました」

 2026年5月チャンピオンリーグ決勝、ガラテサライ対レアル・マデリード。丈一にとって人生が変わった試合だ。


 ガラテサライはユベンテスやマンチェスター・ユニティを退けて次々に“ジャイアントキリング”を起こし、クラブ史上初めて決勝の舞台に到達した。チームの武器の1つが、右ウイングの丈一のドリブルだった。

 決勝は力の差があり、レアルに0対3でリードを許してしまう。だが、後半15分、丈一はセンターサークルの右付近でボールを受けると、4人を抜いてゴール前に迫り、そして最後は左足でシュートをするフリをして、飛び込んだGKをかわして、右足でゴールを決めた。計5人を抜いてのスーパーゴールだった。

 結局、1対3で敗れたが、その活躍によって丈一は2026年W杯直前に日本代表に初招集され、本大会でレギュラーになってベスト16進出に貢献したのだ。さらにレアルへの移籍を勝ち取った。

「あのとき僕は19歳。柏ソラーレでサブでした。でも丈一さんを見ていたら、『俺もできる』って自分を信じられたんです」

 グーチャンはスマートフォンの画面をメモ帳に切り替え、手を伸ばして丈一に見せた。

「それから丈一さんのインタビューを読み漁って、発言をメモし始めたんですよ。『ビッグクラブから逆算して行動しろ』、『ピッチで働き蜂になるな』、『普段は80%でいい。勝負所のみで100%を出せ』。すごく影響を受けました」

 ビッグクラブから逆算する、それは丈一が初めて持った行動規範だった。日本人がレアル・マデリードでプレーするにはどうしたらいいか? 丈一は小学生のときから、そのことばかり考えていた。日本人の献身性を生かして働き蜂になれば、おそらく4大リーグのほとんどのクラブに移籍できるだろう。だが、それではレアルには届かない。

 レアルは90分間ピッチを支配する王様だ。彼らが求めているのは働き蜂ではない。自陣に閉じこもる敵を、砕く破壊者を求めている。

 丈一は中学生でそれに気づき、ひたすらドリブルを練習した。特にお手本にしたのがオランダ代表のロッペンだ。肘を翼のように後ろに振り上げる動きから、敵を斬るように抜いていく。

 だが、サッカーはだまし合いだ。常に100%でプレーしていると、いくら切れ味のいい刀を持っていても、相手に研究されて逃げられてしまう。

「普段は80%でプレーし、ここだというときにパワーを100%に上げる。それが大舞台で決定的な仕事ができる最大の秘密だ」

 丈一はあるインタビューでそう明かしたことがある。おそらくグーチャンはそれを読んだのだろう。

 グーチャンは楽しそうに「でもね」と言うと、丈一のすぐ左隣の席にスライドしてきた。

「それだけが最大の秘密ではない、ってことに僕は気づいたんですよ。もっとすごい企業秘密があるってね。僕は丈一さんに憧れて、何度も、何度も、何度もプレーを見ているうちに分かりました」

 丈一は「おいおい、突然何を言い出すんだ」と身をのけぞると、グーチャンは丈一の左腿を突いた。

「丈一さんのプロフィールを見ると、左利きっていうことになっていますね。でも、本当に左利きなんですか?」

 丈一は驚きのあまりグーチャンを睨んだ。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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