[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第24話 丈一「らしさ」と暴かれた秘密
【(C)ツジトモ】
サッカーを始めたころ、丈一は右利きだった。だがロッペンに憧れて左足でドリブルするようになり、さらに左足のロングキックでゴールバーに当てる練習を繰り返した。いつしか周りから「左利きみたいだ」と言われるようになった。
プロフィールを本気で偽り始めたきっかけは、プロ1年目、ファンから元プロ野球選手の本をプレゼントされたことだった。その選手は現役時代、広角打法で知られ、外角の球を流し打ちするのが得意だと思われていた。実際、彼もインタビューで繰り返しそう発言していた。だが、引退後に出した本で、すべて情報戦だったことを明かす。実は一番得意なのは内角で、そこに投げさせるために外角が得意であるかのような印象を与えていたのだ。
ビッグクラブに行くために必要なラストピースは、「欺く力」だと丈一は確信した。利き足を左だと偽り、右足はジョーカーとして隠し持った。
丈一はグーチャンの問いには答えなかった。ただ「おまえと話してたら初心を思い出して、元気が出たよ。ありがとな」とお礼を言った。
グーチャンは恥ずかしそうに下を向いたが、それから顔を上げて丈一の目を見つめた。
「僕にとって丈一さんは憧れの存在です。でも、この1週間、僕が憧れた丈一さんではなかった。元のジョーに戻ってください。今のチームを救えるのはあなただけです。あなたは日本にとってのジョーカー、切り札なんですから」
丈一は「ふぅーっ」と大きく息を吐いた。監督が交代して以来、小さなことに気を取られすぎていたかもしれない。駆け引きこそが自分の武器であるはずなのに、ふてぶてしさを失っていた。今こそ、自分らしさを取り戻すべきだ。
そのためには、衝突を恐れてはいけない。松森虎の咆哮(ほうこう)を放置してはいけない。
「さっきタイガーがさ、『お前たちとは戦場に行けない』ってブチ切れたじゃん? 誰かと一緒に戦場に行ける条件って何だろうな」
「僕の祖父、約50年前のイラン・イラク戦争に義勇兵として参加したんですね。その祖父からよくこう言われました。『戦場では本性が暴かれる。木陰に隠れるやつも、敵前逃亡するやつもいる。そんな極限の中でも、こいつなら自分の命を預けられるというやつに出会う。おまえはそんな男になれ』って。タイガーさんが言いたかったのは、『お前たちには自分の命を預けられない』ってことなんじゃないでしょうか」
「だとしたらさ、人はどんな人に命を預けてもいいと思うんだろう」
「分かりません。ただ、僕は丈一さんに自分の命を預けてもいいと思ってますよ」
「おまえはレアケースだから、参考にならんなあ。気持ちだけ受け取っておくよ」
丈一はピッチを眺めて、松森の真意をあらためて考えた。相変わらず日本代表は19歳の選手たちにやられている。ノイマンが課した「バックパス禁止」というルールが、仲間たちを思考停止に陥らせていた。
プレーが止まるごとに、選手同士で責任を押し付け合っているように見える。できるようにするのではなく、できない理由を探している感じだ。
「あ!」
丈一は突然立ち上がって、声をあげた。
「そういうことか。松森が本当に言いたかったことが分かった!」
グーチャンの肩に手を置いて言った。
「今晩、プールにみんなを集めよう。チームをひとつにするぞ」
唖然(あぜん)としているグーチャンを横目に、丈一はアルプス山脈に向かって伸びをした。久しぶりに気持ちのいい伸びだった。
※リンク先は外部サイトの場合があります
吾郎グーチャンネジャード(ゴロウグーチャンネジャード)
【(C)ツジトモ】
生年月日:2006年9月15日(23歳)
身長:170センチ
利き足:右利き
所属クラブ:柏ソラーレ・ユース→柏ソラーレ
出身地:千葉県
代表歴:2028年五輪(銀メダル)
※リンク先は外部サイトの場合があります
【(C)ツジトモ】
新章を加え、大幅加筆して、書籍化!
【講談社】
代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。
【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
※リンク先は外部サイトの場合があります