[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第9話 W杯メンバー発表、ノイマンの決断
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。
木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
※リンク先は外部サイトの場合があります
【(C)ツジトモ】
温泉業界では「湯は湧いた瞬間から老いていく」と言われている。湯は空気に触れれば触れるほど、効能が落ちるという意味だ。その点、南八甲田山の温泉は源泉の真上に湯船があり、空気に触れる前の「生の湯」に浸かることができる。湯として最高の鮮度を味わえるということだ。丈一はリーグ終了後、イタリアから帰国すると1人で駆けつけ、すでに1週間滞在していた。
1990年のW杯で優勝した西ドイツ代表のユルゲン・クリンズマンは、自らがドイツ代表監督になったときにこう語った。
「W杯本番で最も大切なのはコンディションとチームの団結だ」
もちろんチームとして連係を深めるといった積み上げも重要だが、それを生かすも殺すも、直前のコンディションとチームの雰囲気というわけだ。どちらもちょっとしたことで鮮度が落ちる生ものである。
だからドイツ代表は、W杯の準備期間でチームが集まると、いきなりハードな練習を始めるのではなく、必ずサルディーニャ島といったリゾート地で合宿をスタートさせる。長いシーズンの疲れを癒し、気分をリフレッシュさせるのだ。
本大会で集中を最高の状態に持っていくには、1度弛緩(しかん)させる必要がある、とドイツ人は考えているのだろう。
日本代表の場合、まだW杯に臨む上で余裕がなく、いきなりハードな練習を始めてしまう。そこで丈一は代表の活動が始まる前に、自分でリフレッシュできる場に赴いた。仲がいいアヤッフスの今関隆史から、タレントとの飲み会に誘われたが丁重に断った。
記者会見が始まる1時間前、丈一は温泉宿の部屋でテレビをつけた。ワイドショーでは、サッカーに詳しいタレントが日本代表の現状を解説している。
「ノイマン新監督は、プロ選手経験はなく、理論だけで這い上がってきた戦術家です。ドイツ2部のダルムシュテットを1部に昇格させて注目を浴び、ドルトムンテの監督に抜擢(ばってき)され、リーグ3連覇とチャンピオンリーグ準優勝を果たした。夏からパリSCを率います。こんな名将がW杯限定とはいえ、日本に来てくれたのは奇跡です。日本のサッカーファンは、この点ではオラルさんに感謝しないといけません」
「もう間もなく、W杯に臨む日本代表が発表されます。サプライズはあると思いますか?」
司会者が聞いた。
「最終的な登録メンバーは23人なのですが、今日の段階では26人が発表されると見られています。23人に絞られるのは壮行試合の翌日。なのでサプライズがあるとすれば、そのとき。二段階選考はちょっと残酷ですよね」
丈一もこのタレントの意見に賛成だった。1度は選ばれながら、途中で外された選手は、努力が足りなかったかのような印象を与えてしまう。
とはいえ、他人事の部分もある。ユベンテスのエースが外れるわけがない。最終的に外れた選手をどうケアしようか――。感謝を伝え、明るく送り出そうと思った。