世界選手権2連覇の山口茜、重圧乗り越えて得た「特別」な勝利

平野貴也

重圧に負けてメダルを逃した五輪の呪縛

21年の東京五輪では、重圧に負けてメダルを逃す結果となったが、今大会は応援を力に変えて戦い抜いた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 山口は、2016年リオデジャネイロ、2021年東京と2度の五輪を経て、大きな期待を受ける楽しみと、それに応えたい気持ちが膨らんで制御が難しくなることを経験してきた。大きな期待を受け、勝ちたい、勝たなければならないという気持ちが生まれて、攻め急ぐなどプレーを変えてしまう。一般的な視点では、東京五輪でメダルを逃した山口が、再び自国開催の大きな期待を受ける中で、重圧をどう乗り越えるかが一つのポイントだった。

「自国開催の世界一決定戦。東京五輪と同じシチュエーションをどう乗り越えるのか」

「東京五輪の失意から立ち直ることはできたか」

 大会前も優勝した後も、山口は、東京五輪との比較について質問を受け続けた。世界選手権は、東京五輪のリベンジではなく、次を見据えた挑戦と話していたが、東京五輪はどうしても消化しきれない部分もあるとも言っていた。頭をよぎる東京五輪での失意は、マイナス材料にしかならない。2回続けて結果を残せない可能性は、恐怖そのものだ。強いプレッシャーがかかる立場でのプレーは、メダルを逃した東京五輪という決して消えない呪縛との戦いでもあった。

応援の存在で前向きな姿勢に

 しかし、今大会では、プレッシャーと上手く付き合えた。それこそが、大きな勝因だった。勝負を楽しめたのは、東京五輪にはなかった観客の存在が大きい。2020年の春に世の中がコロナ禍に見舞われてから、山口が出場した国内開催の公式戦は、東京五輪を含めてずっと無観客。いまだ声援は禁止されているとはいえ、約2年半ぶりとなる国内のファンの前でのプレーだ。勝つところを見せたいと思えばプレッシャーになるが、山口は「今回は、お客さんもいて、たくさん応援していただいたというのが、自分にとってはすごく力になりましたし、前向きな姿勢でいられる大きな要因になったなと思います」と振り返った。

 山口をはじめとする日本の選手の成長とともに、日本のファンは選手とともに世界の頂点を争う楽しみを知るようになった。6000人を超える観衆の前で山口が見せたのは、勝負を制するための判断と選択に神経を研ぎ澄ました戦いだ。一球ごとに重みを増していくラリーと、その中で懸命に戦う自国選手のプレーは、感動的だった。まだ経験の浅かった山口が見せた、大舞台のプレッシャーを感じずに溌剌とプレーする姿だけでなく、大舞台でプレッシャーを受け止めた中で一球一球の勝負を楽しむ姿も、見る人は楽しんでいると山口は感じられたはずだ。

 プレーを楽しむことを身上とする山口にとって、プレッシャーとの戦いは苦手とする課題だったが、それを克服することで、東京体育館には最も見たかった景色が広がった。試合後に「たくさんのタイトルを取っているが、特別なものになるか」と聞かれた山口は「そうですね。優勝してここまでの気持ちになることは、あんまりなかったので」と言ってはにかむと「特別かなと思います」と続けた。世界選手権2連覇で、24年パリ五輪に向けた期待は高まり、プレッシャーとの戦いは続く。しかし、胸に輝いた金メダルは、その中でもバドミントンを楽しみ、見る人を楽しませ、勝って一緒に喜ぶことができる選手であることを証明している。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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