北京五輪開会式、印象に残ったのはアスリートを歓迎する市井の人々

沢田聡子

主役であるアスリートを歓迎する北京市民

日本選手団も一般市民による“歓迎の舞”に迎え入れられる形で入場した 【Photo by David Ramos/Getty Images】

 開会式では習近平国家主席が紹介されて拍手を受ける場面や、IOCのトーマス・バッハ会長の長いスピーチもあった。中国国旗掲揚の場面などは特に国家としての中国を強調する場面だったが、一貫して目がいったのは普通の市民である出演者たちだ。

 世界各国の選手たちが、国名が書かれた雪の結晶を掲げる女性に先導されて入場してくる。それを迎える出演者たちは同じ動きをしながら歓迎の意を表すのだが、午後の会場で彼らが練習していたのは、選手入場の場面で見せていたこの動きだった。世界中で注目される北京五輪開会式にあたり、簡単な動きを緩い統一感で繰り返しているのを見て「これはいったいどんな場面なのだろう」と不思議に思っていたのだが、選手が主役であるべきこのシーンの練習だったのだと合点がいった。出演者たちは、4年に一度の晴れ舞台で戦うために世界中から集まってきた選手たちを温かく迎えるのが自分たちの役割だと納得しているように思える。

 個人的に開会式の中で一番心に響いたのは、すべての選手が入場してから披露された“Stronger Together”というビデオパートだった。雪や氷の上で行われる冬季五輪の種目には、転倒する場面が多い。転ぶアスリートたちの姿が立て続けに映し出され、だが彼らは立ち上がる。

 メディアですら負担に感じる毎日のPCR検査を、この五輪に出場する選手たちも受けている。最高のコンディションで臨みたい4年に一度の大舞台は、感染して競技に参加できないかもしれないという恐怖心も伴うものになっているのだ。だからこそ、この五輪でアスリートが見せる活躍は尊いと言える。そして、開会式の出演者である北京市民たちは、そのことを理解して脇役に徹しているように、私には見えた。

 開会式が終わり、冷え切ってかじかむ足を動かしてバス乗り場へ向かうと、メディアの進む方向を指示する看板を持った若い女性たちが、笑顔で手を振っている。彼女たちも寒いに違いないのに。
 

遮られた中でも前向きになれる大会を

 観客を入れて開催する方法を最後まで模索したと思われる北京五輪だが、結局チケットの一般販売は行われず、招待客のみが会場で観戦する方法に落ち着いた。一般の北京市民にとってこの北京五輪は、近くの会場で行われていても観戦できず、一般の車両に優先して五輪関係車両が走る専用ルートが設けられるなど生活上の不便も強いられる大会になっている。

 高い塀で遮られている北京市民の心情を知ることはできないが、この五輪が彼らにとって心を前向きにしてくれる大会になることを願わずにはいられない。感染が拡大する昨夏の東京で行われた東京五輪がそうだったように。

 開会式で入場してくる選手たちに、出演者たちが歩み寄り、タッチを交わすシーンがあった。感染対策としては距離をとらなければいけないのだろうが、その場面はこの大会を通して心に残り続けるだろう。

 すでに競技が始まり、選手たちは熱戦を繰り広げている。コロナ禍の中、鍛錬を積み、新型コロナウイルスとも戦っているアスリートたちが大舞台で披露するパフォーマンスを、敬意を持って見守りたい。そしてその思いは、高い塀に遮られて競技を見ることがかなわない北京市民も同じであると信じたい。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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