壮大だった水島新司氏の構成力と実行力 数多く現実になった構想、残る夢は…
『あぶさん メジャーリーグ編』が実現しなかった理由
プロ野球編では西武・山田、ダイエー・岩鬼、オリックス・殿馬、ロッテ・里中とパ・リーグに四天王が舞台を移し活躍した 【写真提供:オグマナオト】
ところが、現実世界において、「リアルドカベン」の愛称で呼ばれた浪商の香川伸行が南海に入団。これでは現実の後追いになると、『プロ野球編』を一度は断念。それでも、清原和博やイチローら、『ドカベン』に影響を受けて育った野球選手たちからの懇願を受ける形で、1995年、『ドカベン プロ野球編』が始動したのだ。
折しも当時は、Jリーグ開幕直後で、「野球人気の低下」が叫ばれていた。そんななかにあって「ドカベン復活」は大きなニュースになり、その後の長期シリーズ展開につながることとなった。
そしてもうひとつ、構想はあっても実現しなかったのが『あぶさん メジャーリーグ編』。高校野球を筆頭に、少年野球から大学野球、果ては草野球まで、メジャー以外のあらゆる野球カテゴリーを描いてきた水島。そんな「野球狂」でもメジャーリーグについて一切描かなかったことに、アメリカの野球を認めていなかったから、といった言説もあるがそれは誤りだ。
メジャーリーグ通で親交の深かったパンチョ伊東氏との対談において、《大リーグを見て、また新たな感動を持ちたい。私はいま、そこに縋(すが)ってますよ。伊東さん、ほんとに連れてってください》と、パンチョ伊東とのメジャー取材が実現すれば執筆ができる、という話を語っている。(『中央公論』1992年2月号より)
その構想が実現しなかったのは、水島が大の飛行機嫌いだったこともあるが、それ以上に野茂英雄のメジャー挑戦が大きな理由だった。
《大リーグを描くとしたら、『あぶさん』が大リーグに行くという設定でチャンスがあったんでしょうけど、先に野茂英雄投手が行ってしまったから、もう駄目ですね。野茂君が行く前に描いて、それを追いかけるように彼が来たらニュースになるでしょうけどね》(『月刊経営塾』1995年10月号、水島新司インタビューより)
現実はまだ水島新司の構想を超えず
そんな水島が最後まで思い描き、未だ現実世界で実現していないことがある。プロ野球の球団エクスパンションだ。『ドカベン』最終章『ドリームトーナメント編』では、セパ8球団ずつの16球団になったプロ野球の姿が描かれている。
現実世界はまだ、水島新司の頭のなかの構想を超えていない。何度か話題にあがりつつも未だ進展がない「プロ野球16球団構想」が実現するとき、我々はまた水島新司の偉大さを知ることになるのかもしれない。