『必勝不敗』の能代工業は過去のものなのか? 選手や監督が語る伝統にはこだわらない新しいチーム作り

小永吉陽子
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プレッシャーの中で2年連続初戦敗退

能代科学技術高校として臨んだ今大会、桜丘(愛知)に惜敗し1回戦で姿を消すこととなった 【写真提供:日本バスケットボール協会】

 今年4月、ウインターカップ最多優勝20回を誇る能代工業と能代西が統合し、新設校として新たなスタートを切った「能代科学技術高校」。新しいユニフォームに身をまとってのウインターカップは、1回戦で桜丘(愛知)に92-95で惜敗。昨年同様、1回戦で東京体育館をあとにすることになった。
 勝ち切るチャンスはたくさんあった。38得点を決めたポイントガードの高橋裕心と、インサイドで奮闘した中嶋正尭を中心に、2年生の相原一生が6本の3ポイントを決めて応戦。リーダーシップを発揮した藤原健太郎が鼓舞して接戦に持ち込んだ。しかし、3Qの出足で3連続ターンオーバーを犯してしまい、そこから桜丘がたたみかけるように加点し、流れが傾いてしまう。その後はリバウンドが取れないことでセカンドショットを決められずに離されてしまうが、終盤は激しいディフェンスから猛追。しかし追い付くことができず、3点差でタイムアップとなった。

 10月のウインターカップ予選時にはケガ人がいたこともあり、残り10秒で秋田西から大逆転勝利をつかむ際どい勝ち方でウインターカップの切符をつかんでいる。その当時から比べれば、3ポイントと速攻を強化して積極的に攻めるチームにはなり、最後まであきらめない姿勢を見せることはできた。ただ、やはりどうしてもサイズのなさから、リバウンドと失点の多いディフェンス面では課題が残った。今後への宿題を持ち帰り、能代科学技術としての1年目を終えた。

勝てない時代にも模索し続けた指導者たち

07年のインターハイ優勝が、能代工業として最後の日本一となる 【写真:アフロスポーツ】

 能代工業として最後の日本一は、田臥勇太(宇都宮ブレックス)を擁して3年連続3冠時代を指揮した加藤三彦監督ラストシーズンとなる2007年に達成したインターハイと国体だった。その後、加藤三彦監督は08年3月に退任し、その後は佐藤信長、栄田直宏、小野秀二と歴代で名を馳せたOBたちが監督を務めた。佐藤と小野はBリーグの前身である日本リーグやJBLで活躍し、栄田は高校時代には名マネージャーとしてチームを支えた存在。能代工業を知り尽くすOBたちが指揮官となり、能代工業のスローガンである『必勝不敗』の伝統を受け継ごうと、それぞれの指導者が必死になってチーム作りをしたのだ。
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著者プロフィール

小永吉陽子

スポーツライター。『月刊バスケットボール』『HOOP』編集部を経て、2002年よりフリーランスの記者となる。日本代表・トップリーグ・高校生・中学生などオールジャンルにわたってバスケットボールの現場を駆け回り、取材、執筆、本作りまでを手掛ける。

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