トランポリン・森ひかるが戦った「魔物」 重圧に抗い続けた経験を、今後の人生に

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世界王者がまさかの予選落ち 宇山は5位入賞

直近のビッグタイトルを獲得し、金メダル候補として挑んだ森。初の五輪は予選敗退に終わった 【写真は共同】

「こんなはずじゃない」――。気持ちが焦るほどに、普段の自分はどこかへ消え去っていく。女子トランポリンの森ひかる(金沢学院大クラブ)は、2019年の世界選手権で、日本勢初となる個人優勝。直近のビッグタイトルを獲得し、金メダル候補として挑んだ初の五輪は、想像だにしない形で終わってしまった。

 緊張した面持ちでトランポリンの上に登場した1回目の演技では、着地が前後にぶれるシーンが目立ったものの、何とかこらえて最後まで技をつないだ。この時点では決勝進出の8位まで、0.95点差の11位。「もっとガチガチになるかと思ったら、実際にはそうでもなかった。冷静だと思っていたんですが……」。いつもの力さえ出せれば、決して逆転できない数字ではない。「いつも通り、いつも通り」。呪文のように心の中で繰り返したであろう言葉が、心から落ち着きを奪っていく。

 2回目の冒頭、森は高難度の「トリフィス」を組みこみ、難度点(Dスコア)を引き上げてきた。縦に3回転する間に横半回転を加える、精密な体のコントロールが要求される大技である。それを見事に成功させ、本来の姿を取り戻したかに見えたが、落とし穴が待っていた。3回目の宙返りを終えた直後にバランスを崩し、5回目の跳躍で完全に枠から外れてしまった。最後まで演技を続けることができず、ぼうぜんとした表情で得点を見届けると、肩を落としてベンチに座り込んだ。予選2回の合計で63.775点の13位と、自分に納得がいく出来とは程遠い結果に終わり、取材エリアに現れた森の目からあふれる涙は止まらなかった。

「五輪の舞台で演技を決めるのは、本当に難しいなと感じました」

 絞り出した一言が、その重みを感じさせた。

 同時に出場した宇山芽紅(テン・フォーティークラブ)は、持ち前の高さと安定感を発揮した演技で大きなミスなくまとめ、全体5位に入って決勝に進出。その決勝でも5位となり、これまで丸山章子の6位だった日本女子勢の最高位を更新した。

1カ月前から狂いが生じていた森の跳躍

史上最年少の14歳で全日本選手権を制し、2年前の世界選手権の王者にも輝いた森の跳躍は、実は1カ月前から狂いが生じていた 【写真は共同】

 トランポリンは、約20秒間で異なる10個の技を披露し続ける競技であり、途中にインターバルを挟むことは許されない。序盤の着地がわずかでもずれると、位置を修正するのに労力を使い、その後のジャンプにも影響が出ることになる。見て感じる以上に、繊細なバランス感覚と、絶え間ない細部の調整を必要とするスポーツである。

 史上最年少の14歳で全日本選手権を制し、2年前の世界選手権の王者にも輝いた森の跳躍は、実は1カ月前から狂いが生じていた。

「宙返りが怖くなってしまって、そのうちにただのジャンプも飛べない日が続いていました。この舞台に立てないんじゃないかと思いましたし、コーチに『やめたい、選手を交代してほしい』と言ったこともあります」

 6月にイタリアで行われたワールドカップでは、自らの演技に自信が持てないまま出場していた。しかし、そんな状態でも55.110の高得点をマークし、優勝。そのことが、かえって森の心を苦しめた。技術的に確信が持てないのに結果だけが残り、周囲の期待は加速していく。

「結果だけ見ている人には、私の苦しさは伝わらない。ただ『調子がいいんだな』というように思いますし、期待してもらううれしさと、メダルを期待される苦しさで、どんどん苦しくなりました」

 少女の心中に巣食い、際限なく膨らんでいく、重圧という名の爆弾。本番当日に、とうとう爆発の時を迎えてしまった。

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