トランポリン・森ひかるが戦った「魔物」 重圧に抗い続けた経験を、今後の人生に
世界王者がまさかの予選落ち 宇山は5位入賞
直近のビッグタイトルを獲得し、金メダル候補として挑んだ森。初の五輪は予選敗退に終わった 【写真は共同】
緊張した面持ちでトランポリンの上に登場した1回目の演技では、着地が前後にぶれるシーンが目立ったものの、何とかこらえて最後まで技をつないだ。この時点では決勝進出の8位まで、0.95点差の11位。「もっとガチガチになるかと思ったら、実際にはそうでもなかった。冷静だと思っていたんですが……」。いつもの力さえ出せれば、決して逆転できない数字ではない。「いつも通り、いつも通り」。呪文のように心の中で繰り返したであろう言葉が、心から落ち着きを奪っていく。
2回目の冒頭、森は高難度の「トリフィス」を組みこみ、難度点(Dスコア)を引き上げてきた。縦に3回転する間に横半回転を加える、精密な体のコントロールが要求される大技である。それを見事に成功させ、本来の姿を取り戻したかに見えたが、落とし穴が待っていた。3回目の宙返りを終えた直後にバランスを崩し、5回目の跳躍で完全に枠から外れてしまった。最後まで演技を続けることができず、ぼうぜんとした表情で得点を見届けると、肩を落としてベンチに座り込んだ。予選2回の合計で63.775点の13位と、自分に納得がいく出来とは程遠い結果に終わり、取材エリアに現れた森の目からあふれる涙は止まらなかった。
「五輪の舞台で演技を決めるのは、本当に難しいなと感じました」
絞り出した一言が、その重みを感じさせた。
同時に出場した宇山芽紅(テン・フォーティークラブ)は、持ち前の高さと安定感を発揮した演技で大きなミスなくまとめ、全体5位に入って決勝に進出。その決勝でも5位となり、これまで丸山章子の6位だった日本女子勢の最高位を更新した。
1カ月前から狂いが生じていた森の跳躍
史上最年少の14歳で全日本選手権を制し、2年前の世界選手権の王者にも輝いた森の跳躍は、実は1カ月前から狂いが生じていた 【写真は共同】
史上最年少の14歳で全日本選手権を制し、2年前の世界選手権の王者にも輝いた森の跳躍は、実は1カ月前から狂いが生じていた。
「宙返りが怖くなってしまって、そのうちにただのジャンプも飛べない日が続いていました。この舞台に立てないんじゃないかと思いましたし、コーチに『やめたい、選手を交代してほしい』と言ったこともあります」
6月にイタリアで行われたワールドカップでは、自らの演技に自信が持てないまま出場していた。しかし、そんな状態でも55.110の高得点をマークし、優勝。そのことが、かえって森の心を苦しめた。技術的に確信が持てないのに結果だけが残り、周囲の期待は加速していく。
「結果だけ見ている人には、私の苦しさは伝わらない。ただ『調子がいいんだな』というように思いますし、期待してもらううれしさと、メダルを期待される苦しさで、どんどん苦しくなりました」
少女の心中に巣食い、際限なく膨らんでいく、重圧という名の爆弾。本番当日に、とうとう爆発の時を迎えてしまった。