「プレゼン甲子園」が野球の未来を創る 球児が発信する、高校野球の多様な価値

中島大輔

キーワードは“部員の所属満足度”

桜丘高校では監督に依存せず、自走する仕組みを作りだした。2月7日には仕組みなども発表される予定だ 【写真提供:桜丘中学高等学校・硬式野球部】

 一方、桜丘では「そうした生徒は比較的少ない気がする」(中野監督)という。学校全体で部活動の優先順位が低く、平日の練習は2時間、テニスコート2面ほどの校庭を約15の部で共有するなど、もともと「制限」が多いことも一因として考えられる。

 さまざまな制約がある中で、どうすれば好きな野球をより楽しめるか。常に自分たちで主体的に模索してきたからこそ、桜丘の部員たちは“ニューノーマル”に適応できているのかもしれない。

「うちの選手たちには、『どうしたらいいですか?』は基本的にNGにしています。監督の私から『お前はこうしろ』というのもNGです」

 選手は監督に「どうしたらいいか」とすべてを委ねるのではなく、「こういう情報を見つけたけど、どう思いますか」と判断材料を求める。監督は指揮官ではなく、サポーターという位置づけだ。情報にあふれる今の時代、意欲さえあればいくらでも自分で調べられる。そのサイクルさえつくれば、「誰が監督でもいいのでは」というのが中野監督のスタンスだ。

「ヒジが痛いです」さえもNG。中野監督は大学時代にトレーナーの勉強をして多少の知識はあれど、専門家ではないからだ。

「整骨院に行くのか、整形外科に行くのかも子どもたちはわからないので、『調べてみなよ』と言っています。ヒジが痛いから、マッサージに行ったという子も結構いるんです。野球をきっかけに、生きる知識を広げてもらいたい」

 週5日の練習はフレキシブルタイムとコアタイムに分かれ、前者に何をするかはすべて各自に委ねる。好きなメニューばかり行う者もいるが、それでは選手として成長につながりにくい。そうしたことにも自分たちで気づけるよう、マネジャーが全選手の取り組みを集計して可視化する。監督に依存せず、自走する仕組みを生み出しているのだ。こうした興味深い取り組みが、「プレゼン甲子園」で発表される。

「今の不安定な時代を生きていく生徒たちには、行動力やフットワークの軽さも必要だと思います。上司にOKをもらってから動くのではなく、自分でちょっと動いておきながらOKをもらうのは、社会に出ても大事なことだと思います」

 こう話した中野監督のように、ニュータイプのチームが「プレゼン甲子園」に出場する。彼らと普段から付き合いのある松井准教授は、今後の高校野球に求められるものをこう挙げた。

「勝ち負けも大事ですが、キーワードは“部員の所属満足度”です。子どもと保護者に『この高校で野球を3年間やって良かった』と思って卒業してもらえるか。それが次のステップへの力になりますし、将来、辛いことがあっても下支えする力になる。プレゼン甲子園に出るチームの指導者は常に『面白いことがないか』と探し、子どもたちの提案も受け入れています。だから、選手も指導者も生き生きとしている。野球人口減少の時代、これからの高校野球のスタイルとしてすごく大事な視点だと思います」

高校野球がどのような価値を高校生に与えていくか、松井准教授(写真左)と中野先生は甲子園以外の価値を創造する手助けをしている 【スポーツナビ】

 甲子園とは無縁だが、独自の価値を生み出しているチームが全国にたくさんある。緊急事態宣言が発出されるなか、Zoom(ビデオ会議アプリ)というテクノロジーを使い、すべての運営を高校生たちで行うのが「プレゼン甲子園」という試みだ。

 主体的に、多様な価値を自ら発信する――。

 高校球児がその手で創造しようとしているものを、甲子園ファンにもぜひ見届けてほしい。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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