五輪開催諦めない 心打つ内村航平の言葉 「できない」でなく「やる」方法の模索を
コロナ禍で行われた国内初の国際大会
新型コロナ感染拡大後、国内初となる体操の国際大会で内村航平(左)が訴えたこととは 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
この大会は、体操界に留まらない重要な意味を持っている。今春に新型コロナウイルスが世界的にまん延して以降、日本、それも東京における国際大会の開催は初めてだからだ。この日、会場近くのJR原宿駅で開催中止を求める抗議活動が行われていたが、世界各地で感染者数が再増加の傾向にあり、東京五輪は2021年への延期が発表された後も開催が不安視されている。コロナ対策を施した国際大会を東京で開催することは、五輪開催に向けた試金石となる。
開会セレモニーでは、トーマス・バッハIOC(国際オリンピック委員会)会長のビデオレターが放映され「今後の大会、特に東京五輪の準備に向けて自信を与えてくれるものになるでしょう」とのメッセージが届けられた。小池百合子東京都知事が来場し、東京2020組織委員会の森喜朗会長が閉会セレモニーであいさつを行うなど、政治色がやや強いイベントにもなった。
「この場で言わないと」 内村が訴えたこと
内村は閉会セレモニーのスピーチで、国民へのメッセージを送った 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
「国民の皆さんが(一部ニュースによると)五輪は(開催)できないんじゃないかという気持ちが80%を超えている、というのは、少し残念に思っています。『できない』じゃなくて『どうやったらできるか』をみんなで考えて、どうにかできるように、そういう方向に考えを変えてほしいと思います。非常に大変なことであるというのは承知の上で言っていますが、国民の皆さんとアスリートが、同じ気持ちでないと、大会はできないのかなと思う。どうにかできる、なんとかできる(という)やり方は必ずあると思うので、どうか『できない』と思わないでほしいと思います」
世界が注目する大舞台で、いくつもの不可能を可能にしてきた男の言葉は、力強かった。難度の高い技を、誰もできない完成度に仕上げて披露するだけでなく、16年リオデジャネイロ五輪の男子個人総合では最終種目で大逆転の金メダルを獲得するなど、タフなメンタルも示してきた。その男の思考には、難しいから夢を諦めるという選択はないのだとあらためて知るとともに、五輪という競技会の魅力を思い出すべきだと思わされた。
選手は、世界の頂点を目指す。ライバルに勝つための高いパフォーマンスを発揮するために、日々鍛錬する。その努力の過程と結果に、見る者が刺激を受け、喝采や声援という反応となり、それがまたアスリートの気持ちを奮い立たせる。多くの競技が同時に行われることで、刺激の循環は大きく膨らみ、共有される。
この大会を欲しているのは、本来、アスリートであり、ファンである。五輪は、政治のために必要なのではない。政治とビジネスの色が濃くなる中、本来の主役であるアスリートとファンが主体性を失っているからこそ、内村の言葉は響く。どこかの政治家がやるとかやらないとか言っている、という話ではなく、スポーツが好きだから、五輪が開催されることを願い、そのために行動しようという呼びかけだ。
東京五輪は鉄棒での出場を目指す内村。大会ではH難度の大技「ブレットシュナイダー」を成功させるなど好演技を見せた 【Photo by Toru Hanai/Getty Images】
内村は、自身が感じている競技会の価値を、言葉だけでなく、アスリートらしく競技パフォーマンスでも示した。開会セレモニーで「お客さんを入れて体操をできることに喜びを感じます。さまざまな制限の中での生活は困難ですが、その中でもスポーツの試合で皆さんに夢や希望を与えることが僕たちの使命だと思っています。声を出して応援することはできないかもしれませんが、皆さんが立ち上がって歓声を上げたいくらいの演技ができれば良いと思っています」と意気込みを語ると、東京五輪出場を目指し種目別で専念している鉄棒で、H難度の大技「ブレットシュナイダー」を成功。昨年の世界選手権でアルトゥール・マリアーノ(ブラジル)が金メダル獲得時に出した14.900点を超える15.200点をマークする有言実行のパフォーマンスで観客を楽しませた。