日本女子中距離界の歴史を変える選手へ 卜部蘭、横田コーチとともに目指す五輪

折山淑美

目指すのは新しいタイプの中距離選手

初めて日の丸を背負って走った2019年アジア選手権・ドーハ。世界との壁をどう感じたのか 【Getty Images】

 これまでの1500メートルの日本記録保持者を見ても、02年の田村育子と05年の杉森は中距離専門だったが、高校3年の06年に4分7秒台の記録を複数回出した小林祐梨子は、実業団入りしてからは5000メートルで08年北京五輪と09年世界選手権に出場。今年日本記録を出した田中も昨年の世界選手権では5000メートルに出場と、世界と戦う種目は長距離という意識の方が強い。

「僕のチームも距離は走るけど、その目的は違います。特に卜部の場合は、有酸素能力をスピードを殺さないで伸ばしていくというのをずっとやってきて、毎年ベストを伸ばしている。彼女には新しいタイプの中距離選手になってほしいし、こういう可能性もあるというのを見せたい。その両輪をやっていれば3000メートルや駅伝も走れるようになるし、その一方で800メートルを走っても日本選手権で勝てるくらいの力はあるんです。

 400メートルから移行してきた杉森選手も、800メートルで日本記録を出した頃は1500メートルでもすごくいいタイムで走っていたし駅伝も走っていたので、有酸素的には相当レベルの高いことをやっていたと思う。卜部の場合は完全な中距離タイプで、杉森選手とはちょっと違いますが、やりたいことは近いと思います」(横田)

 短距離タイプの選手が長い距離をやると、疲れてきたときに腰が引けるなど、動きが悪くなってスピードが出なくなることがある。だが卜部の場合はそういうことが無く、ゆっくりした動きの中でもポイントを押さえられ、スピードも出せるという強みを持っている。ラスト1周という課題も、スピード持久力の問題。どんな練習でも逃げることがない性格で、「これから有酸素能力をしっかり開発していけば、800メートルも1500メートルも記録が伸びるという感覚はある」と横田コーチは評価する。

「これをやらないと世界で戦えない」というメニュー先行ではなく、選手の「そこへ行きたい。行くんだ」という気持ちと覚悟が必要だと話す横田コーチは、練習では自身が現役時代にやってきたように、走りの中での動き作りを重視する。その中でのスピードに関する考え方も独特だ。いわく、男子でいえば400メートルを47秒で走れるスピードと、ラスト100メートルを12秒で走れるスピードのどちらが必要かとなれば、後者だと。そこまでの走りは作り上げた動きをいかに維持し、設定ペースを余裕を持って走れるかだ。そうしたスピードの定義に関しては、卜部をはじめ、横田コーチが運営するクラブの選手たちもきちんと理解して取り組んでいる。

重要なのはいかにして標準記録を切るか

横田コーチ(右)とともに目指すのは、日本女子中距離の歴史を変えること 【写真:本人提供】

 出場を目指す東京五輪の1500メートル参加標準記録(4分4秒20)に関して、横田コーチはこう考えている。

「以前と違い、今の参加標準記録は世界のトップ24位くらいに入るくらいになっていて、必然的に準決勝へは行かなければいけない記録だと思います。特に1500メートルの場合、標準記録をわずかでも切るくらいが決勝進出ラインになっている。だから4分4秒をどう出すかが問題です。イーブンで引っ張ってもらって出す4分4秒ではなく、ラストのスピードがすごく上がっての4分4秒だったら、決勝にも行けるし、展開によっては入賞できるタイムだと思っている。だから標準記録を切って世界に行くことが必要なんです」

 ふたりが今最大の目標にするのは、長距離選手ではなく中距離選手として五輪の舞台に立ち、日本女子中距離の歴史を切りひらくこと。しかもそれをポイントによるランキングや招待ではなく、参加標準記録の突破で果たすことだ。卜部も「中距離を専門にやっている中で、“出場する”ということに意味があるし、それが自分自身の使命感というか、モチベーションになっています」と話す。

 そんな彼女の目下の目標は、昨年の日本選手権で優勝した時から決めている、1500メートルの日本選手権連覇だ。日本選手権は10月1日から3日間開催(新潟・デンカビッグスワンスタジアム)だが、今年は長距離種目の日本選手権が12月4日開催(大阪・ヤンマースタジアム長居)となったため、1500メートルには日本記録保持者になった田中も出場するはず。卜部はその対決へ向け、「連覇のために必要なのは、有酸素部分のスピード持久力。体がきつくなったところでどう動かし、どれだけ出し切れるかというところに取り組んでいきたい」と、目を輝かせながら言い切った。

卜部蘭(うらべ・らん)

1995年6月16日生まれ、東京都出身。小学校から陸上競技を始め 、高校・大学と800メートルや1500メートルで実績を残す。大学卒業後はNIKE TOKYO TCで活動し、2019年日本選手権で800メートル、1500メートルの二冠を達成。現在は積水化学に所属し東京五輪出場を目指す。

横田真人(よこた・まさと)

1987年11月19日生まれ、東京都出身。800メートル前日本記録保持者で、2012年には同種目でロンドン五輪に出場。現役引退後の2017年4月にNIKE TOKYO TCヘッドコーチに就任。現在は2020年1月に立ち上げたTWOLAPS TCにて卜部をはじめ後進の指導にあたる。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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