連載:怯まず前へ 常に結果を出し続けるチームと強い心の作り方

駅伝を通じて「心を作る」――東洋大・酒井監督が目指す育成とは?

酒井俊幸

就任1年目で箱根駅伝優勝に導いた東洋大・酒井監督(代表撮影) 【写真は共同】

 2008年12月初旬、2年生の担任だった私は、修学旅行の引率でシンガポールに行っていました。当時の学年主任の先生も東洋大の卒業生で、その先生から母校の陸上部に不祥事があったようだと聞かされたのです。

 そんななか、年内に一度、川嶋さんから「次の監督候補の一人として考えている」と電話をいただきました。ですが私は、即答でお断りしました。当時働いていた学法石川高の陸上部もこれからという時期で、福島県内の有力な中学生を私が勧誘し、翌春には良い選手たちが集まる予定だったからです。

 家族のこともあります。妻は当時県立高校の保健体育教員で、陸上競技の方でも福島県陸上競技協会の競歩コーチなどの責任ある職に就いていました。いろいろなことを総合的に考えれば、到底引き受けることはできませんでした。

 年が明け、2009年正月。箱根駅伝当日はOBが移動するためのバスに家族で乗せてもらい、5区のコース上で柏原を応援しました。柏原は9位でタスキを受けると、1位との4分58秒差を大逆転して、東洋大を初の往路優勝に導いたのです。

 箱根駅伝に優勝した後、川嶋さんから再度連絡をいただきました。今度は「直接会って話をしたい」と言われ、数日後に川嶋さんが福島にみえました。私はその場で、「検討します」とだけ返事をしました。

 当初、妻には黙っていましたが、何かあったことに気付いた様子だったので、「監督要請のお話を断った」と告げました。すると妻は、「引き受けた方がいい」と、私よりもむしろ積極的でした。迷っている私に、「こんな機会は滅多にないのだから」と説得してきました。

 さまざまなことが頭をよぎりました。私は学生時代、キャプテンを務めていた4年生のときにケガ明けで箱根駅伝に出場できず、どこか不完全燃焼のまま卒業しました。

 もちろん、目の前の陸上部と担任をしていた生徒たちを放って、大学の監督など到底できないという思いが第一でした。しかし、大学という上のレベルから声を掛けられたのは光栄なことで、やってみたいという率直な気持ちもありました。

 私は東洋大の監督を引き受けることに決めました。

 しかし東洋大は箱根駅伝で初優勝した直後であり、柏原竜二というトップランナーがまだ2年生で残るチームの監督を引き受けるのは勇気がいりました。先述の通り、当時はまだまだ常勝ではなく、強力なライバル校もそろっていましたので、次年度以降も勝てる保証はなかったのです。

 高校時代に目立った実績のない選手がほとんどでしたし、周囲も「どうせ、たまたま一回勝ったくらいだろう」と思っていたでしょう。そして、選手は感情のある人間ですから、引き受けはしたものの、険しい道のりになるであろうことは想像できました。

 それでも私は、学生スポーツにおいて常に強いチームを作るためには、必然的にやらなくてはいけないことがあるという思いでここまできました。

 雰囲気を作ることが、人作り、チーム作りにつながります。

 4年間で選手が入れ替わっても、チームが同じスピリッツを維持するために言葉の力を使う、つまり「その1秒をけずりだせ」というスローガンを共有することで、チームカラーやチームの文化、哲学を正しく理解できるようにしてきました。

 選手たちには、チームに染まるのではなく、チームのなかで育ってほしいと思っています。そのために、「凡事徹底」を習慣化しています。

 私の役割は、駅伝を通じて心を作ること。「心を鍛える」のではなく、「心を作る」ことで謙虚な姿勢で感謝を感じられる素直な心とそれを表現できる選手になってほしいと願っています。

 2020年度は監督就任12年目です。コロナウイルスの感染拡大の影響でスケジュールやチーム作りはこれまでに経験したことない状況です。それでも歴代の監督方、卒業生たちが築いてきた伝統を継承しながら、真のチーム力が求められると思っています。

 再び強い東洋大の姿を見せられるよう、選手たちと共に挑戦を続けます。

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著者プロフィール

1976年福島県生まれ。学校法人石川高等学校卒業後、東洋大学に入学。大学時代には、1年時から箱根駅伝に3回出場。大学卒業後、コニカ(現・コニカミノルタ)に入社。全日本実業団駅伝3連覇のメンバーとして貢献。選手引退後は、母校である学校法人石川高等学校で教鞭をとりながら、同校の陸上部顧問を務めた。2009年より東洋大学陸上競技部長距離部門の監督(現職)に就任。就任1年目でチームを優勝に導くという快挙を達成、箱根駅伝では、優勝3回、準優勝5回、3位2回という成績を達成。

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