常勝軍団×IT企業のシナジー効果とは? Jリーグ新時代 令和の社長像 鹿島編

宇都宮徹壱

今季からテクノロジーが導入された鹿島の現場

時代を超えてジーコの哲学や精神を伝え続けてきた、フットボールダイレクターの鈴木満氏 【宇都宮徹壱】

「株式譲渡で親会社が変わって、小泉さんと最初に確認したのが『アントラーズのフィロソフィー(哲学)を守っていく』ことと『フットボールとマーケティングを分けて考えていく』ことでしたね。小泉さんからは『タイトル獲得は一番の目標ですが、急激に変化していくサッカー界の状況に対応できるよう、大胆にメリハリを付けながらチーム作りをしてください』と言われました」

 アントラーズ立ち上げ当初から、時代を超えてジーコの哲学や精神を伝え続けてきた鈴木満。異文化とも言える、IT企業出身の経営者を迎えるにあたっては「特に不安はなかった」と語る。さらに「小泉さんは、アントラーズや地域への理解があるし、フットボールに関して理解も深い」とも。それでいて現場に口出しする素振りは見せないそうだ。

「今季のウチのテーマは『主導権を握るサッカー』。ここ2、3年のウチは、相手に主導権を渡しながら勝利を目指すスタイルでした。今季はもっとアグレッシブなサッカーを志向していきます。それともうひとつ、ウチはずっとブラジル志向ですが、世界の主流はやはりヨーロッパに移ってきています。ザーゴの場合、選手でも指導者でもヨーロッパでの経験があって、なおかつ柏レイソルでもプレーしているということで、監督選定の要件にぴったりでした」

 フットボールの強化については、これまでどおり満が主導している。ただし現場の様子はがらりと変わった。ザーゴが新監督に就任した今季、トレーニングにテクノロジーが積極的に活用されるようになったからだ。テクノロジーの導入とデータの蓄積は、ザーゴがレッドブル・ブラジル監督時代に培ってきたノウハウであるという。こうした現場の変化を、満は「必然的」ととらえている。

「よく『鹿島の伝統』ということを言われますが、Jリーグのリーディングクラブであり続けるためには、現場も常に最先端のものを取り入れなければならない。トレーニング機器や医療機器もそうだし、選手の走行距離や心拍数などのデータも、試合だけでなくトレーニングの段階から収集しています。自分たちのチーム状態を分析するために、ブラジル人と日本人のアナリストを2人そろえました。お金をかけるポイントが、今年はかなり変わったなと感じています」

テクノロジー活用による鹿島の「働き方改革」

自身も鹿島ファンの小泉氏。現場には口出ししないが、強化については明確なイメージがある 【宇都宮徹壱】

 これまでのブラジル路線を継承しながらも、テクノロジーの導入とデータ分析と活用に積極的なザーゴを新監督に迎えた鹿島。この人事はもちろん、フットボールダイレクターである満が決めたことだが、小泉の「強化の考え方」とも合致している。現場には口出ししない新社長だが、強化については明確なイメージを持っていた。当人の言葉を借りるなら「勝利の再現性をどう高めていくか」。続きを聞こう。

「やはりフットボールなので運もありますし、さまざまな要素が絡まって勝敗が決まるとは思うんです。でもテクノロジーを介在させることで、それまで暗黙知として処理されてきたものを『見える化』させていけば、勝利の再現性を高めていくことは可能だと考えています。もちろん、データがすべてを解決するわけではない。最後は監督の意思決定に委ねられるし、直感で決まることだってあるでしょう。ただ、再現性を高めるエビデンスをどう作っていくかという部分で、テクノロジーを活用していきたいとは思います」

 小泉が提唱するテクノロジーの活用は、もちろん現場以外でも急速に浸透しつつある。ビジネスチャットツールのSlackが導入され、稟議書も紙申請ではなくオンラインで行われるようになった。リモートワークは、コロナ騒ぎが始まる前から試験的に運用が進められていた。「こんなに変わるものかと感動するくらい、われわれの働き方は劇的に変わりましたね」と実感を込めて語るのは、昭和の時代の職場を知る満である。その上で、クラブの30年の歴史を俯瞰しながら、今を「3度目の勝負どころ」と位置づける。

「95年にJリーグのブームが去って、各クラブは強化予算を引き締めるようになりました。そんな中、当時の社長が『ウチはここで勝負を懸ける』と決断して、現役セレソンのジョルジーニョやレオナルドを獲得したんですね。それで96年のリーグ戦で優勝し、02年ワールドカップの開催地にも選ばれました。逆に99年は、前年に優勝していたけれど、あえて主力を放出してスリム化に務めています。それは住金に頼らないよう、クラブの基盤を確立させるためでした。そして今、クラブは事業規模100億円を目指して3度目の勝負どころに来ていると感じます」

 JSL時代からサッカーを支えてきた住金は、12年に新日本製鐵と合併して新日鐵住金となり、さらに19年には日本製鉄となった。満によれば「住金でなくなって、違う会社になったことに寂しさがありました。逆にメルカリに株式が譲渡されたことで、未来に希望が持てるようになりましたね」。62歳となる今でも変化を恐れない、この人の姿勢には驚かされるばかりだ。と同時に、鹿島アントラーズとメルカリとの出会いが、まさに奇跡のような絶妙さであったことには、取材者として深く頷くばかりである。

<後編(3月31日掲載予定)につづく。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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