連載:プロ野球 あの人はいま

プロ時代に味わったケガの苦しみを財産に 元ヤクルト・加藤幹典が歩む経営者への道

前田恵
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加藤幹典が歩む“青年実業家”としてのセカンドキャリア。今の仕事のやりがい、将来の夢について聞いた 【撮影:スリーライト】

 プロ野球選手の平均在籍年数は10年程度あるものの、最も多く引退を迎える年数は4年目になるのだという。加藤幹典(当時東京ヤクルト)が将来のことを考え、空いた時間に勉強を始めたのは、ちょうどその4年目、2011年の秋季キャンプからだった。「プロ野球選手としての人生よりも、セカンドキャリアにおける人生のほうがずっと長い。自分は何をしたいのかな、と思って仕事についていろいろ調べ、少し勉強を始めたんです。監督、コーチには“お前、何しに来たんだよ”と叱られましたね(苦笑)」。翌12年、加藤は一度も一軍に上がることができなかった。

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ヤクルト本社で“社会人”としての基本を学ぶ

ヤクルト本社時代、営業として外回りに奔走した日々を懐かしく振り返る加藤幹典 【撮影:スリーライト】

 12年10月、戦力外通告。そのときは、まだ迷っていた。「誰もやっていなかったところを目指したい」と税理士の資格を取って独立開業する道を模索していたのだ。

 しかし一方で、ヤクルト本社勤務の話が浮上した。前年結婚した妻はフリーライターながら、ファッションのイベント会社と契約して編集長まで務めた、8歳上のキャリアウーマン。その妻に、「あなたは社会人としてのマナーをはじめ、基本ができていない。ヤクルト本社で勉強させてもらったほうがいい」と助言された。

「きちんと社会人として仕事ができるようになって、なお事業を始めたいという自分の思いがあったら、私を納得させて辞めればいい」
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著者プロフィール

1963年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学在学中の85、86年、川崎球場でグラウンドガールを務める。卒業後、ベースボール・マガジン社で野球誌編集記者。91年シーズン限りで退社し、フリーライターに。野球、サッカーなど各種スポーツのほか、旅行、教育、犬関係も執筆。著書に『母たちのプロ野球』(中央公論新社)、『野球酒場』(ベースボール・マガジン社)ほか。編集協力に野村克也著『野村克也からの手紙』(ベースボール・マガジン社)ほか。豪州プロ野球リーグABLの取材歴は20年を超え、昨季よりABL公認でABL Japan公式サイト(http://abl-japan.com)を運営中。

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