2つのハードルをクリアした日本代表 容易でなかった東南アジアのW杯予選初戦

宇都宮徹壱

日本サッカーの「恩人」との対戦

ミャンマーとのW杯アジア予選初戦は、中島(中央)のゴールなどで日本が勝利を収めた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

「今回の日本代表にはなぜ、岡崎慎司が招集されていないのか?」
「ミャンマー国民の多くが、日本が5−0以上で勝つと予想していることをどう思うか?」

 ミャンマー戦前日の森保一監督の会見で、地元記者から出た2つの質問が気になった。まず、岡崎に関して。6月のコパ・アメリカには招集されたものの、彼が今の代表で絶対的な存在ではないことは、日本のファンなら誰もが知っていることだ。ところがミャンマー人の間で最も有名な日本人選手は、実は岡崎なのだという。理由は「プレミアリーグで活躍したから」。他の東南アジア諸国と同様、ミャンマーでもプレミアリーグの人気は高く、レスター・シティ時代の岡崎のプレーは今も強く印象に残っているようだ。

 次に「5−0以上」というスコア予想について。もともとの実力差に加え、格下のモンゴルに(アウェーとはいえ)0−1で敗れたことで、ミャンマー人の多くはこの日本戦を悲観的に見ている。この質問に対する森保監督の答えは「ミャンマーは力のあるチームだし、アウェーでもあるので、難しい試合になることを覚悟している」。これは社交辞令ではなく、本心から出た言葉だろう。ワールドカップ(W杯)・アジア予選において、東南アジア勢とのアウェー戦が決して楽なものではなかったことは周知の事実である。

 直近のFIFA(国際サッカー連盟)ランキング(2019年7月25日発表時点)では、日本の33位に対してミャンマーは135位。選手のクオリティーについても、欧州組だけでスターティングイレブンが組める日本に対し、ミャンマーの国外組はタイで3名がプレーするのみ。圧倒的なスコアの開きはなくとも、日本が手堅く勝利するのは間違いないだろう。もっとも今回の対戦は、カタールでの本大会に向けた第一歩であることに加え、日本サッカーの「恩人」チョウ・ディンの祖国との対戦でもあることは留意したいところだ。

 英国の植民地だったビルマ(現ミャンマー)から、東京高等工業学校(現東京工業大学)の留学生としてチョウ・ディンが来日したのは1920年頃。スコットランド人指導者から教わったショートパスサッカーをはじめ、数々のサッカー技術を具体的かつ論理的に日本に伝えたことで知られる。現在の日本サッカーのスタイルをさかのぼると、ひとりのビルマ人を介してスコットランドにまで通じるのである。そんなチョウ・ディンは2007年、日本サッカー殿堂に加えられた。ただし、当人の没年は不明のままとなっている。

日本のスタメンから見える指揮官の慎重さ

パラグアイ戦と同じ顔ぶれとなった日本のスタメンからは、指揮官の慎重さが透けて見える 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 そんな因縁浅からぬミャンマーとの一戦。一番の大敵は、やはり当地のスコールであろう。森保監督も「スコールが降ってグラウンドの状態が悪い中でどう判断していくか。その時の現実からいい判断をして、相手を上回れるように選手には戦ってほしいと思う」と語っている。最も怖いのは、試合中に土砂降りとなってピッチコンディションが一変すること。幸いにして試合当日は、日中から激しい雨が降っていたものの、キックオフ1時間前にはやや小康状態となっていた。

 この日の日本のスタメンは以下のとおり。GK権田修一。DFは右から酒井宏樹、冨安健洋、吉田麻也、長友佑都。中盤の底に柴崎岳と橋本拳人、右に堂安律、左に中島翔哉、トップ下に南野拓実。そしてワントップは大迫勇也。5日前のパラグアイ戦とまったく同じメンバーである。対するミャンマーは、ウィンガーのマウン・マウン・ルウィンが出場停止。9番のFWアウン・トウーもコンディション不良との情報があったがスタメンに名を連ね、要注意選手と思われた10番のFWチョー・コーコーはなぜかベンチスタートとなった。

 日本の選手選考から透けて見えるのは、指揮官の慎重さである。W杯予選初戦に臨むにあたり、まずは現時点でのベストメンバーを招集。パラグアイとの親善試合で慣らしてから、まったく同じ顔ぶれの選手を本番のピッチに送り出す。もちろんミャンマー側はパラグアイ戦の映像を見ているだろうが、手の内をさらすリスクよりも、選手が安心して試合に入れることを第一に考えたのは明らかだ。むしろ相手のスカウティングは、実力差で凌駕(りょうが)できるという自信も背景にあったものと思われる。

 対するミャンマーは、どう出てくるか。モンテネグロ人のミオドラグ・ラドゥロビッチ監督は、先のモンゴル戦について「ゲームは支配できていたし、多くのチャンスを作っていたが、集中を欠いて後半に退場者を出してしまった。パフォーマンスは良かっただけに、この結果は残念」と前日会見でコメント。言いわけめいた発言が目立ち、自身の立場の危うさを自覚している様子が見て取れる。両サイドからの崩しを得意とするミャンマーだが、序盤は自陣をがっちり固めてくることが予想された。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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