“超人ギータ”がホークスに帰ってきた! 最高のブーストと共に、いざ終盤戦へ

田尻耕太郎

ケガを乗り越え帰ってきた“超人ギータ”こと、ソフトバンク・柳田 【写真は共同】

 背中にゾクゾクと快感が走った。まだプレーボール前なのに、沸き上がるような大歓声がヤフオクドームを包んだのだった。

 8月21日、福岡ソフトバンクの柳田悠岐の名前が約4カ月ぶりにスタメンでコールされた。
「おかえり」「待っていたぞ」「ギータ!」

 さまざまな声援が飛ぶ。誰もが千両役者の復帰を待ちわびていた。もちろん、それは柳田自身も同じだった。

「またしびれる場所で野球ができるのはうれしいです」

 そして、その喜びはファンもまた同じだ。柳田がいるだけでワクワク感も興奮度もまるで違う。

 やはり彼はスターだ。

 とんでもない飛距離の打球。代名詞のフルスイング。ホームランでファンを沸かせるのはどんな選手も同様だが、柳田はヘルメットが豪快に飛んでいく空振りでも歓声が起きる。それを見るだけでもチケットを買って球場に行く価値があると思わせるプレーヤーだ。

泣くも笑うもすべて“天然”

 野球のプレーだけではない。言動でも心を惹きつける。

 8月8日、二軍戦で復帰した日、柳田は涙を流した。ケガをした当初は「全治3週間の見込み」とのことだったが、実際は4カ月近くを要する重傷だった。天真爛漫(らんまん)な柳田は、リハビリの間も落ち込む素振りを見せることはなかったが、心の内に不安を溜め込んでいたのだろう。それがつい、あふれ出てしまったのだ。

 あの柳田が泣いた。そのギャップに誰もが驚き、そしてその涙に共感をした。

 かと思えば、16日の二軍戦ではセンターの守備で簡単なフライを落としてしまい、出場後にまさかの珍発言で注目を集めた。

「あ、ヤバいと思いました。だってボールが星みたいに見えました。え、何アレ? あ、落ちてきた……って」

 報道陣向けのリップサービスではなく、実際にベンチでも井出竜也二軍外野守備走塁コーチに同じ言葉を告げていた。

「じゃあ明後日の休み前にナイター特守なって言われました(苦笑)」(実際には翌日のナイター後に行ったとのこと)

 もう、報道陣も大爆笑だった。

 泣くも笑うも柳田の場合、すべて“天然”でやっている。素のままで人々が喜ぶことを提供してくれる。これは持って生まれたスター性以外の何ものでもない。

 だからみんな、柳田悠岐が大好きなのだ。

工藤監督「2番に柳田くんがいる打順も…」

ファンは柳田のホームラン、豪快なスイングを待っている。終盤戦はその一挙手一投足に注目だ 【写真は共同】

 ところで復帰戦のスタメンコールの時は大歓声の中に少なからずどよめきもあった。

 試合前に工藤公康監督がなかなか打順を明かさずに「お楽しみに」と焦らしていたのだが、ふたを開けてみると「2番・指名打者」での起用。柳田の2番スタメンはプロ初だった。

 今季は横浜DeNA・筒香嘉智や巨人でも坂本勇人や丸佳浩が起用されたように、メジャー流の「2番打者最強論」が日本球界にも浸透しつつある。ただ、工藤監督にその意図があるのかと質問を振ると、明確な答えはなかったが否定的だった。

「打席に多く立たせるため」。まずは一軍での試合勘を取り戻してもらおうというわけだ。

 その成果か、はたまた“超人ギータ”にはそんなの関係ないのか、戻ってきて2戦目の22日のオリックス戦(ヤフオクドーム)で復帰初本塁打を放つと、24日の千葉ロッテ戦(ZOZOマリン)では右翼席へ豪快に放り込んでみせた。打順もこの日は3番に変わっており、25日の試合では今季初めて4番に座った。ただ、工藤監督は「2番に柳田くんがいる打順もつながりますね。おもしろいですよね」と話していたので、今後幅広い起用が見られるかもしれない。
 ソフトバンクは優勝マジック点灯目前としながら、今季鬼門となっているビジターのロッテ戦に3連敗するなど、やや足踏み状態だ。27日からもまだ2カード連続で遠征が続く(27、28日のオリックス戦は雨で中止)。なかでも30日からはメットライフドームで埼玉西武との首位攻防3連戦が控えている。

 我慢の時だ。これを乗り越えれば、9月3日からは異例のヤフオクドーム7連戦が待っている。

「ホームはしっかり腰を据えて戦えますよね」(工藤監督)

 加えて、力強い声援の後押しも味方になる。柳田のホームラン、豪快なスイング、守備も走塁も一挙手一投足が絵になる、そんなプレーを見たいファンが大勢駆けつけるはずだ。

 終盤戦の合言葉は「V奪Sh!」。柳田という最高のブーストと共に、ソフトバンクが加速する。
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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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