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鷹詞〜たかことば〜
ファンが待ち焦がれた逸材・高橋純平
自信を深めたストレートで欠かせぬ戦力へ

武者修行の中で思い出した原点

2015年ドラフト1位でソフトバンク入りした高橋純平。長らく一軍で活躍できなかったが、今季は勝利が近づく場面で登板するリリーフとして、貴重な戦力となっている
2015年ドラフト1位でソフトバンク入りした高橋純平。長らく一軍で活躍できなかったが、今季は勝利が近づく場面で登板するリリーフとして、貴重な戦力となっている【写真は共同】

 花のドラフト1位。ファンは自分の愛する球団が見惚れたその“眼力”を信じている。たとえ入団からすぐに活躍しなくとも、眠りの時間が少々長くとも、いつか必ずや期待に応えてくれると信じてじっと待つ。


 だから、今年の高橋純平の覚醒が嬉しくてたまらないのだ。声援もひと際大きくなる。鷹ファンの素直な気持ちが球場の熱を上げている。

 入団から3年間で一軍登板1試合のみ。特に昨年はひどく苦しんだ。二軍での成績が26試合1勝6敗1セーブ、防御率6.46。これでは一軍からお呼びがかかるはずもなかった。投げ方が分からなくなっていた。シーズン中だけで投球フォームを4度も変更したのは、迷走と表現するほかない。


 そして苦悩のままシーズンが幕を閉じると、心痛な報せ(しらせ)が次々と届いた。同期のドラフト2位・小澤怜史をはじめ、同4位の茶谷健太と同5位の黒瀬健太が戦力外通告を受けたのだ(小澤と黒瀬は福岡ソフトバンク育成で再契約。茶谷は千葉ロッテ育成)。皆同じ高卒からプロ入りした仲間である。


「僕らの世代もその対象ということ」


 4年目を迎えた春のキャンプで、高橋純ははっきりと「今年が最後かもしれない」と口にした。オフ期間に参加したプエルトリコでのウインターリーグで己を見つめ直した。海外の有望若手投手たちのボールは確かに速かったが、自身の直球でも外国人打者を十分に押し込んでいた。


「開き直って真っすぐを投げ込んでみたりもしました」


 思いっきり腕を振る。失っていたピッチャーとしての原点を、武者修行の中で思い出した。投球フォームも高校時代からプロ入り直後にかけての頃の投げ方に戻した。


 すると、持ち味だった伸びのあるストレートが再び投げられるようになった。昨年は140キロ未満の時期もあったが、150キロ超もマーク。「昨年ならば、スピードを意識して思いっきり投げたらすっぽ抜けていた。外角高めにきっちり投げられることなんて全くできなかった」と春先はファームで登板を重ねるたびに自信を深めていった。

緊張を楽しめるようになった

6月29日、プロ初勝利を挙げ、工藤監督(右)と記念撮影に臨む高橋純。翌日、プロ2勝目は続けて挙げた
6月29日、プロ初勝利を挙げ、工藤監督(右)と記念撮影に臨む高橋純。翌日、プロ2勝目は続けて挙げた【写真は共同】

 5月の初めに一軍昇格した際は1試合登板のみでファーム行きとなったが、5月24日に再登録されてからは自らの価値を高めるピッチングを続けている。そしてついに、6月29日の北海道日本ハム戦(札幌ドーム)でプロ初勝利を飾ったのだ。3対4の7回1死一、三塁で登板して大田泰示を遊ゴロ併殺に仕留めると、続投した8回も2死二、三塁とされながら無失点で切り抜け、逆転を呼び込んだ。


 さらに驚いたのが翌日だ。またも中継ぎで登板して無失点投球とすると、味方打線が直後に逆転。プロ初勝利まで4年もかかったのに、2勝目はあっという間に手にすることができた。プロ初勝利から2日連続勝利は球団日本人投手では初めて。また、新人以外の投手が記録したのはプロ野球史上初めてだった。


 勝利の方程式の証であるホールドがつく場面での登板も増えてきた。7月20日の東北楽天戦(楽天生命パーク)では先発した和田毅が負傷降板したところを緊急リリーフする難しい場面だったが、2回3分の2のロングリリーフで無安打4奪三振無失点の快投を見せつけた。


「工藤(公康)監督からは『緊張を楽しめるか、押し潰されるか、どちらかしかない』と言われています。最近は楽しめるようになってきたかなと思います」


 信頼を勝ち取った実感はまだないと照れるが、投げ込むストレートにはたしかな自信を持てるようになった。


「思いっきり腕を振れば150キロは出せます。ただ、ホークスのブルペンは150キロ以上投げるピッチャーばかり。160キロを出すんだという気持ちで、もっとストレートを磨いていきたいです」


 将来的には先発としてエースの座も狙える逸材だが、今季は最後までブルペンからチームを支えていくことになりそうだ。試合が終盤に差し掛かる頃、マウンドに上がる高橋純が勝利に近づくソフトバンクのブーストになる。

田尻耕太郎
田尻耕太郎

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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