もがく上林誠知、胸にあるイチローの言葉「遠回りをしたから見つかる自分も…」

田尻耕太郎

再び勢いを取り戻したホークス

チームはリーグ優勝へ独走態勢を再び築いてるが、“ホークスの未来を背負って立つ男”上林(写真右)はいまだに状態が上がっていない 【写真は共同】

 福岡ソフトバンクが再び独走気配だ。前半戦終了時点で2位に7ゲーム差をつけたが、その後は一旦失速。7月27日と同31日の二度、当時2位の北海道日本ハムに「0.5差」まで大接近された。
 だが、8月10〜12日の両チーム直接対決でソフトバンクが3連勝したことで潮目が変わり始めた。現在はやや状況が変わり、埼玉西武が優勝争いの目下のライバルとなっている。
 打線の顔ぶれが一気に様変わりして、ソフトバンクは勢いを取り戻した。頼れる主力級が一気に帰ってきた。キューバ代表として国際大会に参加していたグラシアルが復帰し、故障していた中村晃や福田秀平、川島慶三も一軍に戻ってきた。ファンとしても球場まで足を運んで応援したくなる選手がズラリと並ぶことになり、胸ワクワクする毎日だろう。

 いや、しかし、ホークスファンはどこか寂しい気持ちを抱えているのではないか。

 このところ、上林誠知の名前がスタメンに載る試合がめっきり減ってしまっている。

不振に陥る上林…

 未来のホークスを背負って立つ男。背番号51の若鷹には誰もがそう期待を寄せている。プロ2年目の19歳で一軍デビュー。この年に放ったプロ初本塁打はド派手な逆転満塁アーチだった。そして昨年までの2シーズンはレギュラー格となり、昨季は143試合にフル出場して打率.270、22本塁打、62打点、13盗塁と、若手としては十分過ぎるほどの成績を残してみせた。

 今季がプロ6年目だ。8月で24歳になったばかりで伸び盛りの時。どれほどの数字で驚かせてくれるのかと、やはり皆が期待をしていた。だが、どん底のシーズンを過ごしている。打率がなかなか上がってこない。実力者なのは誰もが認めるところだ。だから爆発力はある。7月8日の西武戦(東京ドーム)では起死回生の9回同点ホームランなど2発4安打3打点と大暴れした。ただ、それほど固め打ちしても試合直後の打率は.190しかなかった。2割に届くか届かないか。その辺りをずっと推移して、気づけば8月になってしまった。

 不振の原因はさまざまだろう。開幕して間もない4月17日の千葉ロッテ戦で右手甲に死球を受けた。痛みを抱えたままプレーを続けていたが、5月6日になって剥離骨折が判明。ただ、それが死球を受けた際に起きたものなのか、その後のプレーの中で悪化した結果なのかは不明だと上林は説明をした。いずれにせよ、その無理が悪影響を及ぼしたのは否定できないところだ。

 また、今年2月のキャンプ中にも右でん部に張りが出て一時別メニュー調整を強いられたが、「状態は完璧じゃない」と回復しないまま復帰してプレーを続けていた。シーズンへの準備段階での狂いも要因の一つかもしれないし、そして、バッティングに関しては昨年から技術的に手を加えて今季に臨んでいた。「逆方向にも大きな打球を打ちたい」と話していた。

イチローの言葉を胸に、遠回りしても前に進んでいこうとしている上林。きっと苦しんだその先に今までにない境地が広がっているはずだ 【写真は共同】

 ならば、元に戻すのも手段の一つだったのだが、上林は胸の内をこのように明かした。

「過去には戻りたくないんです。イチローさんも引退会見で言っていました」

 自らをイチロー信者と認める鷹の背番号51は、イチローを「自分という人間であり野球選手を作り上げてくれた人」と表現する。
 上林は、イチローの引退会見の、以下の部分を指していた。

<一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられないと僕は考えているので、地道に進むしかない。進むだけではないですね。後退もしながら、ある時は後退しかしない時期もあると思う。でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。でもそれは正解とは限らないですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど、でもそうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えないというか、そんな気がしている>

 だから、上林は言う。

「新しいことをやった時に、それは進化ではなく後退の可能性もある。でも、過去の自分に戻るより、遠回りをしたから本当の自分が見つかるのだと思いますから」

 今は夏。この暑い季節が来ると、上林は思い出す。いや、本当は思い出したくないのだが、母校の後輩たちが頑張ることで上林には質問が飛ぶ。
 上林は仙台育英高時代から全国に名を轟かせる選手だった。しかし、最後の夏は極度の不振に陥った。もともとドラフト上位候補と言われていたが、結果ソフトバンクの4位指名で何とかプロ入りを果たしたのだった。プロでも1年目は三軍でもがき苦しんでいる。だけど、上林はくじけることなく何度も何度も立ち上がってきた。簡単に折れてしまうような男ではない。

 この苦しみだって、上林ならばきっと越えてみせるはず。その先には今までにない境地が広がっているはずだ。
 上林はきっとやる。そう信じている。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント