橋本大輔を支える「シアトルでの経験」 Jリーグ新時代 令和の社長像 栃木SC編

宇都宮徹壱

営業部長とマーケ部長への絶大な信頼

運営担当の野崎治之は、J3に降格した15年シーズンを知る数少ないひとり。クラブの改革を肯定的に見ている 【宇都宮徹壱】

 16年はJ3を2位でフィニッシュしたものの、ツエーゲン金沢との入れ替え戦に敗れて1年でのJ2復帰ならず。続く17年も2位だったが、昇格レギュレーションが変わりストレートでの昇格を果たすこととなった。ようやく一息つくことができた橋本は、J3降格により不在になったマネジメント職、そしてフロントの強化に着手する。営業部長の綾井隆介、そしてマーケティング戦略部長の江藤美帆(通称えとみほ)の採用について、今度は橋本の視点から振り返ることにしたい。

「もともと営業管理職の求人を出して、応募してきたのが綾井と江藤でした。採用予定は1人だけだったのですが、これほどの人材が同時に応募してきたのだから2人とも来ていただきたかった。この機会を逃したら、もうご縁はないですからね。すぐに東京に行って『この金額だけれど』とオファーしたら、どちらも即答で『よろしくお願いします!』と言ってくれました。江藤は『私はスポーツ業界での価値はほぼないので、その価値が出せるまでは、この金額でけっこうです』と言ってくれましたね」

 そんな江藤による「働き方改革」について、改革以前の状況を知る野崎は「これ以上、仕事を増やせないという状況に、一石を投じてくれましたね。チャットの導入で間違いなく効率化が進みましたし、社内のコミュニケーションも良くなりました」と明るい表情で語る。もっとも「インフルエンサーえとみほ」の採用は、橋本にとっても少なからぬリスクがあったはず。「炎上の不安はありませんでしたか?」とストレートに問うと、やや意外な裏話を交えながら、彼女への信頼と期待が揺るぎないことを語ってくれた。

「実は個人での発信について、江藤から『やめてもいいんですけど』と言われたのですが、それだと彼女らしさがなくなるので続けるようにお願いしました。クラブ公式のアカウントも、彼女が統括する部署に運用を任せています。僕自身はSNSが得意ではないし、心配しすぎるのも良くないので、あまり見ないようにしています(笑)。もともと江藤はSNSによる『空中戦』を得意としていますが、最近は泥臭い『地上戦』にもしっかり向き合ってくれているので、うまく使い分けをすることで新しいマーケの形ができればいいと思っていますね」

「クラブ社長」という切り口で全国を訪ね歩く試み

今季から栃木の指揮を執る田坂和昭監督(左)。クラブからは「縦へのスピードと判断の速さ」を求められている 【宇都宮徹壱】

 J2復帰を果たした18年は、のちにクラブのフィロソフィーとなる「KEEP MOVING FORWARD」を掲げ、さらにフロント強化によって大胆な改革と組織の強靭化を進めてきた。「クラブ内の雰囲気や風通しの良さは、今ならどこにも負けていない」と橋本は胸を張る。そして今季、J1での監督経験もある前福島ユナイテッドFC監督、田坂和昭を新たな指揮官に招へいできたこともポジティブなニュースであった。その経緯がまた興味深い。

「実は去年の7月から、栃木のサッカーについて社員全員で考える2時間のミーティングを5回やりました。営業、マーケティング、運営、強化、そして育成。『われわれはどんなサッカーを目指すのか』について、とことん話し合いましたね。結論は『スタジアムを沸かせたい』。そこで今年は『縦へのスピードと判断の速さを重視したチームを作ろう』ということで、田坂監督を迎えました。今季はまだ勝てていないですが、J2昇格が目標だった16年や17年とは違った、新たなチャレンジが始まったと感じています」

 取材を行ったグリスタでの横浜FC戦から、ずいぶんと月日が経過した。第22節を終えた栃木は、4勝8分け10敗の20位。第13節でようやくホーム初勝利を果たしたものの、入場者数は今のところ開幕戦の5863人が最高となっている(編注:その後、第22節レノファ山口戦で8034人を記録)。それでも橋本は、栃木のポテンシャルを信じて疑わない。栃木SCは、もともと教員チームが前身で、設立は1947年。72年もの長い歴史があり、サッカーに思い入れがある市民・県民も意外と多い。クラブが根付くチャンスは十分にありそうだ。その上で橋本は、インタビューの最後に、こんなユニークなコメントを残している。

「僕が住んでいたシアトルは、ニルヴァーナやパール・ジャムといったグランジ・ロック発祥の地として有名です。人口約60万人の地方都市から、世界を制する文化が生まれるのって痛快じゃないですか(笑)。人口約52万人の宇都宮市だって、それが可能かもしれない。ここにはいろいろな資源があって、栃木SCもそのひとつだと思っています」

 最後に「ニルヴァーナ」や「パール・ジャム」で締められるとは思わなかった。橋本のような社長が出てくるところに、令和時代ならではのJリーグの多様性と先進性がひしひしと感じられる。これまで私は各地のJクラブを取材してきたが、今後は「クラブ社長」という切り口で全国を訪ね歩くのも面白そうだ。ひとつ懸念があるとすれば、私自身がスポーツ・ビジネスの専門家ではないこと。だが、それについてはすでに「強い味方」を確保している。そんなわけで次回から、Jクラブ社長を訪ね歩く旅をスタートすることにしたい。

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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