橋本大輔を支える「シアトルでの経験」 Jリーグ新時代 令和の社長像 栃木SC編
営業部長とマーケ部長への絶大な信頼
運営担当の野崎治之は、J3に降格した15年シーズンを知る数少ないひとり。クラブの改革を肯定的に見ている 【宇都宮徹壱】
「もともと営業管理職の求人を出して、応募してきたのが綾井と江藤でした。採用予定は1人だけだったのですが、これほどの人材が同時に応募してきたのだから2人とも来ていただきたかった。この機会を逃したら、もうご縁はないですからね。すぐに東京に行って『この金額だけれど』とオファーしたら、どちらも即答で『よろしくお願いします!』と言ってくれました。江藤は『私はスポーツ業界での価値はほぼないので、その価値が出せるまでは、この金額でけっこうです』と言ってくれましたね」
そんな江藤による「働き方改革」について、改革以前の状況を知る野崎は「これ以上、仕事を増やせないという状況に、一石を投じてくれましたね。チャットの導入で間違いなく効率化が進みましたし、社内のコミュニケーションも良くなりました」と明るい表情で語る。もっとも「インフルエンサーえとみほ」の採用は、橋本にとっても少なからぬリスクがあったはず。「炎上の不安はありませんでしたか?」とストレートに問うと、やや意外な裏話を交えながら、彼女への信頼と期待が揺るぎないことを語ってくれた。
「実は個人での発信について、江藤から『やめてもいいんですけど』と言われたのですが、それだと彼女らしさがなくなるので続けるようにお願いしました。クラブ公式のアカウントも、彼女が統括する部署に運用を任せています。僕自身はSNSが得意ではないし、心配しすぎるのも良くないので、あまり見ないようにしています(笑)。もともと江藤はSNSによる『空中戦』を得意としていますが、最近は泥臭い『地上戦』にもしっかり向き合ってくれているので、うまく使い分けをすることで新しいマーケの形ができればいいと思っていますね」
「クラブ社長」という切り口で全国を訪ね歩く試み
今季から栃木の指揮を執る田坂和昭監督(左)。クラブからは「縦へのスピードと判断の速さ」を求められている 【宇都宮徹壱】
「実は去年の7月から、栃木のサッカーについて社員全員で考える2時間のミーティングを5回やりました。営業、マーケティング、運営、強化、そして育成。『われわれはどんなサッカーを目指すのか』について、とことん話し合いましたね。結論は『スタジアムを沸かせたい』。そこで今年は『縦へのスピードと判断の速さを重視したチームを作ろう』ということで、田坂監督を迎えました。今季はまだ勝てていないですが、J2昇格が目標だった16年や17年とは違った、新たなチャレンジが始まったと感じています」
取材を行ったグリスタでの横浜FC戦から、ずいぶんと月日が経過した。第22節を終えた栃木は、4勝8分け10敗の20位。第13節でようやくホーム初勝利を果たしたものの、入場者数は今のところ開幕戦の5863人が最高となっている(編注:その後、第22節レノファ山口戦で8034人を記録)。それでも橋本は、栃木のポテンシャルを信じて疑わない。栃木SCは、もともと教員チームが前身で、設立は1947年。72年もの長い歴史があり、サッカーに思い入れがある市民・県民も意外と多い。クラブが根付くチャンスは十分にありそうだ。その上で橋本は、インタビューの最後に、こんなユニークなコメントを残している。
「僕が住んでいたシアトルは、ニルヴァーナやパール・ジャムといったグランジ・ロック発祥の地として有名です。人口約60万人の地方都市から、世界を制する文化が生まれるのって痛快じゃないですか(笑)。人口約52万人の宇都宮市だって、それが可能かもしれない。ここにはいろいろな資源があって、栃木SCもそのひとつだと思っています」
最後に「ニルヴァーナ」や「パール・ジャム」で締められるとは思わなかった。橋本のような社長が出てくるところに、令和時代ならではのJリーグの多様性と先進性がひしひしと感じられる。これまで私は各地のJクラブを取材してきたが、今後は「クラブ社長」という切り口で全国を訪ね歩くのも面白そうだ。ひとつ懸念があるとすれば、私自身がスポーツ・ビジネスの専門家ではないこと。だが、それについてはすでに「強い味方」を確保している。そんなわけで次回から、Jクラブ社長を訪ね歩く旅をスタートすることにしたい。
<この稿、了。文中敬称略>