屈辱から始まったイチローのメジャー人生 実力で変えた米国の価値観
ショートの守備位置を変えた“足”
イチローのスピードは、メジャーの守備位置にも影響を与え、遊撃手は最も大変なポジションになった 【写真は共同】
喜んだのは、ESPN(米スポーツ専門局)のメジャー専門番組や同局のラジオ番組で解説を務め、90年代前半にレッズでクローザーを務めたロブ・ディブル。彼は6月半ば、「いずれメジャーの投手はイチローに適応する。そうしたら打てなくなる」と主張し、こう言い切った。
「もしイチローが首位打者を獲るようなことがあったら、俺はニューヨークのタイムズスクエアを裸で走ってやるよ」
残念ながら彼はその年の12月、お尻に「イチロー 五十一」とペンで書き、裸同然の格好でタイムズスクエアを走ることになったが、図らずも彼が口にしたことで、一つのことがはっきりした。
キャンプでは、「イチローはメジャーの投手に適応できるのか?」という見方が圧倒的だった。当時の監督だったルー・ピネラでさえ、「2割7〜8分打てれば」と低い評価だった。しかし数カ月で、「メジャーの投手は、どうイチローに適応するのか?」と、主語が逆転したのである。
適応を求められたのは、投手だけではない。おそらく、誰よりもイチローの試合を実況してきたリック・リーズ(マリナーズ実況)の目に焼き付いて離れない光景がある。
「まだ、開幕して間もない頃だったと思う。イチローがニューヨークで行われたヤンキース戦でデレク・ジーターのところへゴロを打った。ごく普通のショートゴロだ。しかし、一塁は際どいタイミングになった。そのときテレビカメラは、ジーターが『WOW!』と言いながら、驚く表情を捉えていた」
内野手、特に遊撃手は以来、イチローが打席に入ると、イチローの狙いを読み、さらにスピードを警戒しなければならなくなった。
蘇らせた野球の原点
「イチローはショートの動きを見ている。三遊間に寄れば二遊間に打ってくる。二遊間に寄れば三遊間に打ってくる」
意図していると?
「間違いない」
その対応策としてビスケルが出した答えは、「三遊間を捨てる」だった。
「三遊間の深いところで打球を捕っても、一塁は間に合わない。ならば、確実に二遊間の打球をアウトにしようと」
しかし、それでも足に勝てないことがあった。
「ボールを握り直すといった、ちょっとしたことでもセーフになる。センターに抜けようという打球に飛びついて、完璧な送球をしてもやはりセーフになる」
ビスケルはそのとき、“お手上げだ”とでも言いたげに両手を広げたが、こう続けたのが印象に残る。
「もっとも、その駆け引きは楽しいけどね」
奇しくもイチローの現役最終打席は、その二遊間への打球。マーカス・セミアン(アスレチックス)がボールを握り直したように見えたが、一塁は惜しくもアウトだった。
その内野安打。メジャーでは「ラッキー」という見方もあるが、イチローに限れば、決して偶然の産物ではない。2008年のある日、イチローは、はっきりと言った。
「技術は絶対にいりますから、どんなときも、偶然であっても」
ところであの年、そんなイチローが示した野球というのは、パワー全盛、本塁打全盛のメジャーリーグにおいて、明らかに異質だった。
それはただ、新鮮に映る一方で、どこか懐かしい。スピードを使ったスリリングな野球はタイ・カッブ(タイガースなど)らがプレーしていた古き良き時代の野球を彷彿させ、原点を蘇らせた。
イチローがあの年、新人王だけでなく、ア・リーグの最優秀選手に選ばれたのは、そんなことに対する評価も含まれていた。