紀平梨花に求められる「試合前の準備」 シニア1年目の飛躍にも満足はしない

沢田聡子

フリーでの巻き返しは「まあ、よかった」

フリーでは2位となったが、表彰台には届かなかった。ショート、フリーと2本合わせることが、今後の躍進の鍵となる 【写真:坂本清】

 女子シングル・フリー、紀平梨花(関西大学KFSC)は、最終の1つ前のグループで登場した。ショートで7位と出遅れたのは、トリプルアクセルが1回転半になり、規定で無得点になったからだ。「もうやるしかない」という思いでフリーに臨んだという紀平が、冒頭でトリプルアクセル―トリプルトウループを決めると、息を詰めて見守っていた観客がどよめいた。期待が膨らむ中で再びトリプルアクセルに挑んだが、2本目は転倒。しかしその後は予定した要素を1つ1つ確実に決めていく。鮮烈なシニアデビューを飾った新星・紀平梨花を象徴するような“Beautiful Storm”の壮大な旋律を、伸びやかなスケーティングと美しい所作で表現し、大歓声の中で演技を終えた。その瞬間、紀平は「まあ、よかった」と口にしている。

「『まあ』がトリプルアクセル2本目で、『よかった』が全体、という感じ」

 今季はショートで出遅れてもフリーで逆転勝ちし続けてきた。シーズンの集大成となる世界選手権でもフリーのみでは2位となり、総合4位まで順位を上げた。紀平自身「(トリプルアクセルを)2本入れたいという思いもあったので悔いもなく、全体を通していい演技だった」とフリーを振り返っている。しかし、今季一番の大舞台である世界選手権のハイレベルな戦いを制する条件は、ショートとフリーの両方でいい演技をそろえることだったのかもしれない。紀平は惜しくもメダルに届かず、優勝した平昌五輪女王のアリーナ・ザギトワ(ロシア)は、ショート・フリーともに1位だった。

濱田コーチが語る弱点

ショートで出遅れ、肩を落とす紀平 【写真:坂本清】

 ジュニア時代から能力の高さは知られていた紀平だが、同時に大一番で力を出し切れない印象もあった。ところが、今季はグランプリ(GP)シリーズNHK杯、フランス杯、GPファイナル、四大陸選手権と国際試合を次々と制し、シニアに上がると同時に世界トップクラスまで駆け上がった。ただ、ショートで出遅れてもフリーで挽回し、鮮やかに勝ち続けるのと同時に、ショートのトリプルアクセルは紀平にとって常に課題であり続けた。GPシリーズの2戦や四大陸選手権などでは、転倒やパンクとなり決められていない。ただ、GPファイナルではショートでトリプルアクセルを成功させ、ルール改正後の世界最高得点を出している。紀平がファイナルでザギトワをおさえて世界の頂点に立つことができたのは、ショート・フリーをそろえることができたからだろう。

 紀平を指導する濱田美栄コーチは、「ショート最初のジャンプ(トリプルアクセル)を跳ぶという意味では、とにかくまずは準備をすることが大事なのか」と問われ、「そうなんですよ」と応じた。紀平のシニアデビューの1年間を「大崩れすることが少なくなって、ジュニアの時よりは少し成長した」と評価する一方で、“計画性”を課題として挙げている。

「とにかく試合じゃなくて、試合前の準備をちゃんとできること。普通みんなシニアになると、それぞれ1時間前に(ウォームアップに)入るか、1時間半前に入るか、大体決まっているんです。梨花ちゃんは、その日になってみないと分からないところがある。見ているとウォームアップの時間もまちまちだし、仕方もその時によって違うから、『どのぐらい、どうやって』という自分のペースを、ちゃんと見つけてほしい。滑走順、待ち時間によっても(ウォームアップは)変わるんですよね。最終滑走だったらもう1回アップをし直すからそれを前提にアップをする、というような計画が全然立っていなくて行き当たりばったりだったので、ちょっとその辺がまだまだ子どもというか、経験不足だなと思いました。誰がどう、ではなくて、あの子は自分がちゃんとすれば必ず(勝ちが)見えてくるので、まず自分がちゃんとすること。試合ではなく、その前のことをもうちょっとしないと駄目だなと」

 メディアからすれば、演技に向かうにあたって不安要素を慎重につぶしている印象のある紀平だが、“シニアスケーターとしては準備にまだ足りない部分がある”というのが、一番近くで見ている濱田コーチの見解だ。

「目標はもっと高いところ」

今季はGPファイナルで優勝を果たすなど、飛躍の1年となった。さらなる成長を見せられるか 【写真:坂本清】

 紀平自身は「世界選手権という感覚よりも“国際試合の1つ”という気持ちで挑めたのはすごくよかったので、初めての世界選手権は70%ぐらい頑張ったかな」と振り返った。それと同時に「必ず、ショートから練習をたくさんしていきたい」と足りない30%も自覚している。シニア1年目で得た収穫と課題は多い。

「昨シーズンと比べると本当にいいシーズンだったと思っている。目標はもっと高いところなので、もっといい成績を出せるように、ここで満足せずに。満足できないような試合も多かったですが、どの試合でも『これはやり切った』と思えるようなシーズンを続けて、(2022年の北京)五輪までいきたい」

 今季は鮮やかな逆転勝ちで世界を驚かせてきた紀平だが、来季以降ショートから力を発揮できるようになった時、五輪につながる新たな強さを手に入れるはずだ。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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