前橋育英と桐生第一、2人のMFの物語 プロでも続く良好なライバル関係

安藤隆人

選手権予選の決勝はこれまでで一番熱いバトルに

後半アディショナルタイムに逆転弾を奪った前橋育英が勝利。桐生第一は選手権に届かなかった 【安藤隆人】

 共にプロのステージで勝負することが決まってから初の対決となったのが、冒頭の選手権群馬県予選の決勝だった。これが彼らにとって高校最後となる対決だ。

「プロ(内定)対決という意味でも、絶対に負けられないという気持ちで臨みましたし、渉がキーマンなのは分かっていたので、自分が彼とマッチアップすることを希望しました」(秋山)。

「自分も裕紀もどっちもプロ内定が決まって、バチバチの戦いになると思っていた。あいつの特徴も分かっているので、絶対に負けたくない気持ちはあります」(田中)

 過去4戦を振り返っても、この試合がこれまでで一番熱い2人のバトルだった。特に秋山は鋭い出足で田中に猛プレスを仕掛けて、桐生第一の攻撃の起点をつぶしにかかった。

「技術面では渉の方が上なので、気持ちの部分で圧倒しようと思っていました。あいつの特徴は左足からのスルーパスやロングボールなので、できるだけボールを持った時は左足を消そうとプレーしました。渉が完全に攻撃の起点なので、ここだけは絶対にやらせないと思った。もう完全に意識していました」(秋山)

 これに対し田中も「前半は特に自分がボールを持った時のプレスが激しかった。そこに戸惑いました」と、鬼気迫る表情でボールを奪いに来る秋山の対応に手を焼いたが、後半に入ると秋山のプレスをかわしてボールをさばくシーンが徐々に見られるようになった。緊迫した中で繰り広げられる2人の高度な駆け引きと、気持ちがぶつかり合ったバトルはこの試合の一番のハイライトだった。

 しかし舞台は一発勝負のトーナメント。2人の戦いはあまりにも劇的な形で幕を閉じた。46分に桐生第一が先制したものの、54分には前橋育英がPKで同点に追いつくと、後半アディショナルタイムに決勝弾をたたき込み、土壇場で前橋育英が逆転勝利を収めた。

試合後は、それぞれの想いを胸に前へ

勝利した秋山(14番)は、試合後にあらためて田中の存在の大きさを口にした 【安藤隆人】

 タイムアップの瞬間、喜びを全身で表現する秋山と、その場にうなだれる田中。両者の無情なコントラストがピッチ上に描かれたが、試合後はそれぞれが想いを胸に前を向いていた。

「やっぱり渉は本当に怖い存在だった。前半はうまくプレスを掛けられたけど、後半はかわされてボールを展開されるシーンがあって、『やっぱりうまいな』と思った。僕はパスではがして、ボックス内に侵入していくタイプのボランチなのですが、渉の場合はドリブルではがしていく技術があるのですごく怖い選手だと思います。

 そこは僕も彼を見習って、ドリブルで1枚はがせるようになれば、もっと良い選手になれると思うので、本当に見習う存在であり、ライバルだなと再認識しました。お互いプロにいくので、上のステージでまた戦いたいです」

 勝利した秋山は、あらためて田中の存在の大きさを口にした。対する田中は涙を流していたが、秋山の話題になると、目を真っ赤にさせながらも清々しい笑顔を見せた。

「僕が先にプロ入りが決まって、『裕紀を越せるかな』と思ったのですが、今日の試合に負けてしまった。僕はずっとサイドハーフで、ずっとボランチだった裕紀のパスを受ける側だった。でも今年はボランチ同士でマッチアップができて、新鮮でしたし、すごく楽しい1年間でした。

 同じボランチでプレーすることで、あいつのすごさがより分かったし、あいつが僕に対して闘志むき出しでボールを奪いに来ている姿を見て、『俺に対してここまでの気持ちで奪いに来てくれるんだ』とうれしい気持ちになったし、すごく自信にもなりました。負けてしまいましたが、本当に楽しく試合ができましたし、最後の決勝で戦えたのは良かったです」

 次に2人がマッチアップするのはいつの日になるだろうか。将来、同じチームになることだって十分にある。それはまだ先の話だが、彼らが成長して行くための大きな原動力になることは間違いない。これからも良好なライバル関係を継続するためにも、来年から2人は故郷を離れ、プロとしてそれぞれのサッカー人生を突き進む。

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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