東京Vの快進撃を支える「見えざる力」J1参入POは磐田との“名門対決”に

宇都宮徹壱

アディショナルタイム6分での劇的なゴール

劣勢に立たされていた東京Vは、土壇場でドウグラス・ヴィエイラが劇的な決勝点を挙げる。 【宇都宮徹壱】

 試合は13時キックオフ。序盤からペースを握ったのは、ホームの横浜FCだった。この日はMFレアンドロ・ドミンゲスが欠場していたものの、チーム最多の17ゴール(リーグ4位)を挙げているFWイバ、そして右サイドから攻撃の起点となっているDF北爪健吾が効いていた。前半20分、北爪からのロングスローにイバがペナルティーエリア内でポストとなり、さらに佐藤謙介が折り返したボールをMF永田拓也が頭で狙う。29分には北爪のドリブルが起点となり、MF瀬沼優司が右からクロスを供給するも、イバのヘディングシュートはポストを直撃する。

 受け身に回ることが多かった東京Vは、それでも体を張った守りで何とか失点を防ぐことに成功する。前線で君臨するイバには、相手の高さと老かいさに苦慮するシーンも見られたものの、センターバックのDF井林章とボランチのMF井上潮音が球際の激しさで対抗。しかし井上は前半23分、1枚目のイエローカードを受けてしまう。東京Vのベンチが動いたのは、エンドが替わった後半4分。井上とFW李栄直を同時に下げて、MF梶川諒太とFWレアンドロがピッチに送り込まれる。井上を下げたことについて、ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督は「先週と同じことを起こしたくなかった」と、退場者を出さないリスクヘッジだったことを明かしている。

 後半も横浜FCの優位に変わりはなし。東京Vのチャンスは、カウンターとセットプレーに限られていた。後半16分、ペナルティーエリア手前6メートル付近でのMF佐藤優平のキックは、相手GK南雄太がブロック。後半26分には横浜FCにビッグチャンスが訪れる。カウンターから瀬沼がラストパスを送り、右サイドで受けた北爪が右足でシュートを見舞うも、これはGK上福元直人がファインセーブ。その後も両者スコアレスのまま、時間は刻一刻と過ぎていく。ロティーナ監督は後半29分、長身FWのドウグラス・ヴィエイラを投入。東京Vがパワープレーにかじを切ったのに対し、横浜FCは態度を決めかねているように感じられた。

 やがて、アディショナルタイムが7分と表示される。これほど長くなったのは、ファウルが多発して何度も中断時間があったからだ。このままドローで終わらせるのか、それともあくまで勝利を目指すのか。依然として主導権を握り続けていた横浜FCだが、PO特有のジレンマによるベクトルの乱れが見え隠れするようになる。そんな中で迎えた後半45+6分、右CKのチャンスを得た東京Vは、攻撃参加していた上福元が頭で反応。いったんは南が防いだものの、こぼれ球をドウグラス・ヴィエイラが右足で詰めてネットを揺らす。東京Vの先制ゴールは、そのまま劇的な決勝ゴールとなった。

「決定戦」のカードは磐田対東京Vに

東京Vにとって「特別な意味」があったPO2回戦。磐田戦ではどんなドラマが見られるのか? 【宇都宮徹壱】

 ゴールが決まった次の瞬間、ドウグラス・ヴィエイラはまっしぐらにゴール裏に疾走し、東京Vのサポーターの中に文字通り飛び込んでいった。ほとんどの時間帯で劣勢に立たされる中、長いアディショナルタイムでの最後の時間帯で、しかもGKのヘディングから生まれた劇的なゴール。選手もサポーターも喜びを爆発させて当然である。さらに、この日の試合には「特別な意味」があった。

 この日、東京Vの選手たちは喪章を付けて試合に臨んでいる。それは1998年にチームを率いたブラジル人監督、ニカノール・デ・カルバーリョの死を悼んでのものである(先月28日に71歳で死去)。また試合後には、右のワイドで攻守に貢献していたDF田村直也が「FUJIKAWA」というネームのユニフォームを感極まった表情で誇示していた。先月15日に胃がんのため56歳で死去した藤川孝幸は、前身の読売クラブ時代を代表するGKであり、田村にとっては「ベガルタ(仙台)時代でお世話になった」恩人でもあった。東京Vの劇的な勝利は、何かしらの「見えざる力」も働いていたのかもしれない。

 そんな騒然とした雰囲気の中、すぐに冷静さを取り戻していたのが指揮官のロティーナである。試合の総括については「ファウルによる中断時間が多く、集中力を継続するのが難しい試合だったが、最後は運良くゴールすることができた」。その上で「97分間、自分たちがやるべきことをやり続けた結果、生まれた決勝ゴールだった」と続けた。確かに、美しさや蓋然(がいぜん)性はあまり感じられない勝利だったかもしれない。その意味で、ロティーナ監督の「運良くゴールすることができた」というコメントは、一定以上の説得力を持つ。しかし、だからといって、この試合の感動が毀損(きそん)されることはないだろう。

 かくして東京Vは、8日土曜日にJ1・16位と対戦する挑戦権を得た。相手は「土壇場でのオウンゴールによる失点」という、これまた劇的な結末でPOに回ることとなったジュビロ磐田。Jリーグの歴史に彩りを添えてきた名門クラブ同士が、開幕から25周年のシーズンの最後に顔を合わせるというのは、何とも出来すぎた感も否めない。試合は磐田のホームでの一発勝負となるが、チームの勢いはむしろ東京Vのほうに感じられる。今季のJリーグを締めくくるラストゲームには、果たしてどのようなドラマが待ち受けているのだろうか。引き続き、現場でしかと見届けることにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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