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日本ハム4位・万波中正の潜在能力
順風満帆ではなかった高校3年間
日本ハムから4位氏名を受けた万波。横浜高の平田監督いわく「図抜けた潜在能力」を持ってプロの世界に飛び込む
日本ハムから4位氏名を受けた万波。横浜高の平田監督いわく「図抜けた潜在能力」を持ってプロの世界に飛び込む【写真=BBM】

 10月25日のプロ野球ドラフト会議では、本指名で83人、育成指名で21人の名前がコールされた。「運命の日」を経て、プロ野球選手としてのスタートラインに立ったに過ぎず、これからは厳しい競争が待つ。

平田監督「もっと下位指名を覚悟していた」

 選ぶ側と、選ばれる側がいる。当たり前だがドラフトとはそういうものだ。


 いくらアピールしても選ぶ側が、どこを、どう評価するかで選手の価値はガラリと変わる。担当スカウトの意見があり、球団の強化ポイント、将来性への期待……。横浜・万波中正の北海道日本ハム4位指名という結果に、同校の平田徹監督はこう言った。


「アピールできる大きなチャンスだった3年夏の甲子園で結果が出せなかった。実はもっと下位指名を覚悟していました」


 夏の甲子園を視察する各球団関係者は、ここを当該選手の最終チェックの場とすることが多い。いわば“アマからプロ”への最大関門とするわけだ。


 愛産大三河との1回戦で4打数0安打、花咲徳栄との2回戦で5打数0安打、そして、金足農との3回戦で5打数2安打。準優勝投手となった吉田輝星からのマルチ安打で意地を見せたが、この3試合で5三振を喫し、打率1割4分3厘の数字しか残せなかった4番・万波。平田監督は、1本でも本塁打が出ていれば評価は大違いだったはず、と悔やんだのだろう。

下級生から注目の的も、スランプに

 アフリカ・コンゴ出身の父・ウィリーさんと日本人の母・有里子さんの間に生まれた中正。東京・練馬区の開進第二中時代に所属した東練馬シニアで頭角を現した。


 特に走力を含めたパワフルな身体能力は群を抜き、バッティングの飛距離は中学生のレベルではなかった。学校では陸上部に籍を置き、1年生で100メートル障害走で都大会2位、3年時には砲丸投げで同大会制覇と華々しい活躍。こうした評判から、進学した横浜でも注目の的となった。すぐに中軸を任され、1年夏の神奈川県大会3回戦では横浜スタジアムのバックスクリーン直撃の本塁打。“名刺代わり”にアーチを量産した。だが、今夏の南神奈川大会では鎌倉学園との決勝で放った高校通算40号2ランが、本塁打の打ち止めになった。


 順風満帆というわけではなかった。今年の春先からスランプに陥ったのだ。登板すればMAX149キロの速球を操る投手としての力量も買われ、二刀流に挑戦した弊害があったのか、センスと身体能力に頼り過ぎたのか。春の関東大会では当初、登録メンバーから外されている。しかも、レギュラーだけが許される寮生活から90分もかけての自宅通学を命じられる時期もあった。


 ある在京球団スカウトは「そうしたつらい期間は選手にとって試練。そこから立ち直る前向きな気持ちと努力こそ、選手を評価する物差しになる」と話し、「使えないと思われたら切られます」と当然の状況だったろうと推測した。高校でもそうだから、プロの世界での厳しさは推して知るべし。スカウトはじめ球団関係者は、さまざまな情報を集めた。


 ノーステップ打法から、足を上げたり、すり足に変えたり必死の努力を続けた。レギュラーを外されたから、ではない。なぜ、レギュラー外になったのか――。それを考えてのことだ。


 夏の南神奈川大会も一次登録の段階では20人のメンバーから漏れたが、最後の最後に背番号13が手渡された。期間中は4番打者として打率5割4分2厘、2本塁打、12打点で3年連続代表の原動力となり、甲子園では背番号9を着けている。しかし、大舞台で本来のパフォーマンスを発揮することができなかった。

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