メキシコからの“逆輸入ボクサー”坂井祥紀が追い求める可能性 若き剛腕・田中空と注目のウェルター級新旧対決
プロわずか4戦目、全KO勝ちで戴冠した若き剛腕・田中空(大橋、24歳)に手練れの元日本王者のベテラン・坂井祥紀(さかい・しょうき/横浜光、34歳/29勝15KO15敗3分)が挑む。
体重66.68キロ以下のウェルター級は日本人世界王者が誕生していない未踏の階級。今年6月、ブライアン・ノーマンJr(アメリカ、24歳)に5回KO負け。期待を一身に集めた佐々木尽(八王子中屋、24歳)が同世代のWBO王者に完敗を喫した衝撃は記憶に新しい。
そのアンダーカードでプロ初タイトルをつかんだのが田中だった。3歳からグローブを握り、小・中学生の頃から豪打でジュニアの全国大会を席巻。武相高校で全国2冠、アジア・ジュニア選手権優勝、東洋大学では国体、全日本選手権を制し、プロ叩き上げの佐々木とは異なる道を歩んできた。
「日本人初のウェルター級世界王者に輝く男」は佐々木のキャッチフレーズだが、田中も昨年3月のプロ転向会見で堂々「日本人初――」と目標を掲げた。朴訥(ぼくとつ)とした語り口ながら、何度かスパーリングで手合わせしたこともある同い年のライバルへの決意表明とも受け取れた。
身長165cm。この階級としては際立って小柄だが、分厚い体躯から放たれるパンチは左右ともにパワフルで迫力満点。ヘビー級では小さなマイク・タイソン(アメリカ)をロールモデルに幼い日から猛烈なインファイトを身上としてきた。
そんな期待のホープに対し、坂井は「僕みたいなタイプとはやったことがないんじゃないですか。スタイル的にも、戦績的にも派手さがなくて、時代に逆行した感じで」と悪戯っぽく笑う。メキシコからの“逆輸入ボクサー”として独特の存在感を放ってきた。
今年1月、佐々木に敗れはしたものの、スピード、パワーという目に見える能力だけでは測れないボクシングの妙味を見せ、若きKOパンチャーに7戦ぶりの試合終了ゴングを聞かせた。
19歳から約10年にわたり、メキシコを拠点に北中米を転戦。ラスベガスのリングにも2度上がった。稀有でタフなキャリアをくぐり抜けてきた坂井に田中戦に懸ける思い、難関の階級を制するために何が必要か、考えるところを聞いた。
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自分に可能性を感じた佐々木尽戦
坂井は噛み締めるように口にした。佐々木との一戦で「自分のボクシングに可能性を感じた」という。そして、笑顔で続けた。
「田中選手に対して、今、自分がやってるボクシングは間違ってないか、答え合わせができるので。タイトルだけじゃなく、やる意味のある、やりがいのある試合です。単純に楽しみですね」
5年前に帰国。2023年4月、3度目のタイトル挑戦で日本王者となり、2度の防衛にも成功した。が、この時期の坂井はどこか精彩を欠いた。
昨年5月、現在は1階級上の東洋太平洋、WBOアジアパシフィック王者で、再戦でもあった豊嶋亮太(帝拳)に返り討ちにされ、王座から陥落。以来、8ヵ月ぶりの復帰戦となる佐々木戦は見違えるような出来だった。坂井自身もうなずく。
「ずっと試行錯誤して、これまでなかなか噛み合わなかったものが、あの試合でカチッと合った感じがありました」
佐々木と向き合い、特に印象に残ったのはスピードだった。過去のスパーリング経験からハンドスピード、動きの速さはイメージ通りだったものの、イメージを超えてきたのが「タイミングの速さ」という。ここという一瞬を逃さない嗅覚、躊躇なくパンチを振り抜ける思い切りが可能にする。
すべてをかけ合わせたスピードが佐々木の武器。1ラウンド開始から間もなく、坂井の左ジャブに瞬間的に合わせてきた得意の左フックに「これか」と納得した。
佐々木は豊嶋を1ラウンドで、また小原佳太(三迫=引退)を3ラウンドで、いずれも坂井が判定で敗れた国内トップを豪快に倒している。まだ体も硬く、そのスピードにも慣れていない序盤だからこそ、爆発的なKOシーンが生みだされるのではないか、と。
警戒を強め、メキシコ仕込みのブロッキング、カバーリング技術を駆使して、パンチの軌道、スピード、タイミングに目を慣らし、どこが危険なポジションか、実地に情報を集め、インプットした。
スピードに対し、スピードで対抗しない。それが試合前からのテーマだった。パンチを当てる、かわす、そういう流れの中の“点”を押さえるには、何も物理的なスピードが速いほうが有利とは限らない。
「表現するのが難しい」と前置きした上で、坂井には実際以上のスピードを感じる、と手合わせした経験を踏まえて解説するのは、前日本スーパーライト級王者で1年ほど前に同門になった藤田炎村(ほむら)だ。
「160kmの剛速球はないんですけど、坂井さんは変化球を8個ぐらい持っていて、速く見せる技術がある。そういうイメージです」
フェイント、緩急、ポジション取り、さまざまな駆け引き、技術を駆使して、相手のタイミング、リズムをずらし、惑わせる。
「むしろ、パンチをヒットした数では坂井さんが上回っていた」という藤田の見解は、決して身びいきではない。ただし、佐々木の一発の効果、当たらずとも、その派手さ、勢いにかき消された、とは坂井も認めるところだ。
「僕にとっての誤算は、後半も(佐々木が)落ちなかったこと。後半になればもう少しチャンスがあると思ったんですけど」
あれだけエネルギッシュに動き回り、パンチを打ち込みながら、終盤に入って、なおギアを上げられるのが佐々木の底知れぬ力であり、若さの魅力でもあるのだろう。
次戦に向けても坂井の考え方は変わらない。田中のパワーに対し、技術、駆け引きで対抗する。この9カ月、いかに効果を高められるか、どう幅を広げられるか、佐々木戦で感じた可能性を追い求めてきた。