名古屋はなぜ、奇跡的に立ち直ったのか  復活の“トリガー”は前田直輝の「走力」

今井雄一朗

怒とうの7連勝で、最下位から11位に浮上

一時は最下位だった名古屋が、リーグ戦再開後は怒とうの7連勝で11位にまで浮上 【(C)N.G.E】

 まさに爆発的である。

 ワールドカップ(W杯)ロシア大会によるリーグ中断明けには、勝ち点が1桁でぶっちぎりの最下位だった名古屋グランパスが、あれよあれよという間の7連勝で勝ち点31に到達し、第26節時点で11位にまで浮上してその地位を回復している。

 怒とうの7連勝という数字は、クラブ史上最強チームの1つだった2011年以来のこと。まだ残留争いは予断を許さない状況ではあるものの、それでも事態はかなり好転した。残り10試合で1つか2つの白星を得られれば、一般的に残留ラインとされる勝ち点には到達する。偶然ではない7連勝という実績を残したチームにとって、それは容易くはないが、難業ではないこともまた確かだ。

 現時点で“奇跡的”ともいえる立ち直りを見せた名古屋の復活の理由はいくつもある。リーグ中断期間に風間八宏監督が鬼のシゴキで鍛え直したフィジカル面の向上や、8月だけで10得点を荒稼ぎしたジョーの復調、夏の移籍で獲得した新加入選手たちがもたらした好影響など、とにかく前半戦のチームにはなかった要素がいくつも折り重なり、真夏の快進撃は生み出された。

「今のウチはその……打てば入るというか」。そう言って控えめに笑った和泉竜司の正直な感想が、名古屋の好調ぶりを端的に物語る。試合内容を1試合ごとにアップデートしていくような勝ち方も含めて、とにかく今の名古屋には手の付けられない強さがある。

 その絶好調のチームにおいて、興味深い働きを見せているのが、J2の松本山雅FCから移籍してきた前田直輝だ。

 移籍後の出場8試合ですでに4得点4アシストをマークし、シュートのこぼれ球など得点の起点となったプレーを加えるならば、さらに少なくとも2アシストが数えられる。得点に絡んだ回数で言えばジョーにも比肩する数字で、とてもではないが今季J2でくすぶっていた選手とは思えない活躍ぶりである。

 失点の多かった守備陣を立て直した丸山祐市や中谷進之介、攻撃とボール保持に落ち着きと変化をもたらしたエドゥアルド・ネット、左サイドの忍者的スコアラーとなった金井貢史ら他の夏の移籍組は、みなJ1ですでに実績を残している実力者で、ある意味で今の貢献度は驚きではない。だからこそ前田の開花ぶりはなおのこと際立ち、鮮やかなものとして映る。

ドリブラー・前田が誇るチーム1の「走力」

ドリブルを武器とする前田。本人は「走力」に自信を持っているという 【(C)J.LEAGUE】

 前田直輝といえばドリブラーである。

 それが名古屋に来た際の、彼の前評判だった。東京ヴェルディの育成組織出身らしい強気で勝気なドリブルは、テクニカルでしかも速い。細かくトリッキーなタッチで1対1に絶対の自信を持ち、「ドリブルは仕掛けて“抜き去る”ところまでこだわりたい」と豪語するほどだ。そのテクニックは風間監督の教える「止める、蹴る」に対する順応も早く、さほど苦労することなく、チームのボール保持のリズムに溶け込んでもいる。大前提としてボールスキルの高さを要求する指揮官には、その時点ですでにうってつけの人材で、動き方や考え方が独特な「風間理論」にすんなりなじむなど、頭脳の部分でも素養はあったと考えられる。

 ただし、前田が名古屋躍進の“トリガー”になれた理由は、もっと他の部分にあると考える方がしっくりくる。そしてそれは、彼自身が考えるこのチームの中での「自分だけが持つ特徴」と一致するのである。運動量、機動力、バイタリティー、スタミナ。さまざまな言葉で表現できるその能力とは、前田の言葉でいうところの「走力」だ。

 事実、前田はここまでに出場した8試合のうち、途中交代した2試合とサガン鳥栖戦を除く5試合でチームナンバーワンの走行距離を記録しており、8試合の平均をとっても、およそ11kmと非常に良い数字を残している。スプリント数でも常にチーム1位か2位につけており、彼がどれだけ素早く動き続けているかがうかがえる。「僕がこのチームで違いを出せるとしたら、走力。他の選手より走れるというイメージは持てる」。その“走る力”を単純な運動量として使うのではなく、チームの攻撃に怖さを出すために使えるところが、名古屋における前田の良さだ。

 ドリブラーはフリーランの重要性をこう語った。

「このチームはみんながボールを持てるし、自分が特別にボールを持たないといけないというイメージは持っていないです。それよりも、僕はDFラインの裏を狙い続ける部分がブレてはいけない部分で、動き直し、動き続ける、というのは体力がないとできないところでもあります。前線でジョーがどっしり構えているなら、僕はその周りでチョコマカしている方が良いと思います。自分の良さはボールキープやドリブルというよりも、そういうところにありますし、違いを出していければと思っています」

 ともすれば独りよがりになりがちな“ドリブル愛好家”がそこに目覚める意義は大きい。ボールを受けてナンボの選手であることは変わらず、彼が最前線でボールを引き出したからこそ生まれた得点も、この7連勝の中ではいくつもあった。かといって、前田の生きがいが失われたわけではなく、むしろ選択肢としてのドリブルはうまく使えている印象の方が強いくらいだ。サイドに人数をかけて崩しにいく際のアクセントとして、カウンターの急先鋒として、そして第25節のジュビロ磐田戦で見せたような、ゴール前でDFをかわしてシュートを決めるまでの一連の流れとして。

「いろいろなドリブルがあるけれど、場所を問わずに、相手が『こいつ面倒くさいな』と思うようなドリブルをしたい」という彼の目論見(もくろみ)は、非常にバランスの良い形で表現できている。

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著者プロフィール

1979年生まれ。雑誌社勤務ののち、2015年よりフリーランスに。以来、有料ウェブマガジン『赤鯱新報』はじめ、名古屋グランパスの取材と愛知を中心とした東海地方のサッカー取材をライフワークとする日々。

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