名古屋はなぜ、奇跡的に立ち直ったのか  復活の“トリガー”は前田直輝の「走力」

今井雄一朗

挽回劇を支えた守備の改善とジョーの覚醒

名古屋の挽回劇を語るうえで、12得点を奪っているジョーの覚醒は重要なポイント 【(C)J.LEAGUE】

 もちろん、前田だけが名古屋復活のキーマンではない。前半戦では1試合平均「2」を数えた失点の減少、つまり守備の改善こそが、この挽回劇の真骨頂でもあり、そこに対する丸山と中谷の貢献度は非常に高い。

 チームの重鎮・楢崎正剛は低迷時の守備の問題点を「サイドバックが上がった時に、簡単にセンターバックがポジションを空けて対応に行っていた。今の2人はそこで辛抱しながら自分のポジションを守る」と指摘する。当然、相手に有利な状況でクロスが上がってくることもしばしばだが、「そうなることは分かっている」と中谷は泰然としたもの。

 最近では、ボランチやサイドハーフがきっちりとその穴を埋める動きをするようになり、守備はさらに安定。そこからフィードの得意な丸山がカウンターを発動し、それをジョーや前田が収めて得点につなげる新たな得点の流れもできてきた。「ボールを握りたいチームですけれど、やっぱりディフェンスとしては相手のスカウティングをした時に、カウンターがあるというのは嫌なものです」。周囲を鼓舞するコーチングも盛んな中谷は、自分たちの怖さを守備者の目線でひしひしと感じている。

 ジョーの覚醒もまた、言い落とせない重要なポイントだが、彼と相性が良い選手としても名が挙がるのが前田である。加入して間もない頃から、良い距離感と連係の感覚を見せていた2人は、第19節ベガルタ仙台戦で見せたコンビネーションからの得点を皮切りに信頼関係を深め、前田はここまで2つの直接的なアシストを含む、4つのジョーのゴールに絡んでいる。

「皆さんが言ってくれるほどの“呼吸”というか、そういうことはあまり感じていない」と前田は言うが、一方で「お互いに欲しいところにパスが出せているというのは感じる」と、相性の良さは否定しない。そもそも前田はジョーに限らず連係を取るのがうまい印象で、それは彼の味方を理解する感性の高さにも由来するものだ。加えて言えば、前田は風間監督のスタイルとの親和性が非常に高いことも分かっている。

 名古屋の強化部は前田の獲得にあたって「オフ・ザ・ボールの動き直し」の質についても評価しており、「あまり意識していなかったんですが、もっと意識して相手も味方も見ながら動き直しができるようになりたいと思いました」と前田も新たな取り組みに意欲を持って移籍してきたという経緯があった。

 これも前述の仙台戦でのことだが、前田の移籍後初ゴールが生まれた一連の流れは、風間監督が就任した最初期に選手たちに教えていた動きである。それを加入後2週間ほどの前田が見事に決めてしまうのだから、推して知るべし。こうした点を考えても、やはり前田は名古屋でブレイクする素養を十分に持っていた、という見方はあながち的外れでもないはずだ。

名古屋にとっては、ここからが正念場

選手は油断どころか、さらに高みを目指している 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 こう書くと新加入選手と“本物”であるジョーの活躍によってチームは変革を起こしたと思われそうだが、昨季から継続して定着させてきたチームスタイルという土台あってこその革新である。その意味では、今夏の移籍で加わった選手たちはみな、名古屋になじむべくしてなじんだ選手たちで、その“仕上げ役”としてジョーというワールドクラスの点取り屋が本領を発揮し始めたことが、名古屋復活の肝だったと言える。

 中断前にも6得点とまずまずの数字を残していたジョーにしても、今にして思えばウェイトオーバーで戦っていた感は否めない。それは本人も認めるところで、本来のベスト体重92キロに対し、来日時は95キロあったといい、現在はベストを下回る90キロで軽やかにピッチを舞う。

「名古屋は暑いから余計に絞れちゃったんだけど、動けているからこのままいこうと思う」。減量はトレーニングとチームの管理栄養士の指示のもとで行なった食事制限の賜物(たまもの)だが、あるいはW杯に合わせたピーキングで今季を過ごしていたとも考えられる。いずれにせよ、今のジョーは化け物である。7連勝のうち6戦に出場し、12得点は連勝の立役者と言って差し支えない活躍だ。そして彼を生かし、彼に生かされるようになったチームもまた間違いなく成長し、本物の強さを手にしている。

 だが、名古屋にとってはここからが正念場である。

 残留争いから一歩抜け出した感もあるが、油断はその足を簡単にすくっていく。頼もしいのはチームが進化への意欲を少しも失わず、むしろ貪欲さを増しているところだ。引いて耐えることが多かった守備陣はラインを上げて戦う意思を強めており、攻撃陣は「敵陣でサッカーをする」というテーマを「ペナルティーエリアに相手を押し込む」という域にまで高めて戦っている。

 前田は言う。

「ペナルティーエリアの中で、ペナルティーエリアの幅で何人が関わっていけるか。そこにボランチも関わってくるようになれば、チャンスが山ほどあるようなチームになれると思いますし、楽しいサッカーになると思う」

 彼らにとっての楽しさは、対戦相手にとってみれば恐怖でしかない。言うなれば強く、楽しく、圧倒するサッカー。一過性では終わらない名古屋が起こした旋風は、もうしばらくJリーグに吹き荒れそうである。

2/2ページ

著者プロフィール

1979年生まれ。雑誌社勤務ののち、2015年よりフリーランスに。以来、有料ウェブマガジン『赤鯱新報』はじめ、名古屋グランパスの取材と愛知を中心とした東海地方のサッカー取材をライフワークとする日々。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント