ヤングなでしこはこうして世界一になった 忍耐と勝負強さで「予定通り」のW杯優勝

工藤拓

一度はスペインに敗れ、「この悔しさは絶対に嫌だ」

パラグアイ戦でハットトリックのFW宝田は今大会5ゴールの大活躍 【Getty Images】

 中2日で迎えたスペインとの第2戦では、米国戦ではことなきを得ていたイージーミスが致命傷となる。

 16分、右SBの牛島理子からGK鈴木へのバックパスがずれ、ゴールラインを割って相手CKに。CKでは飛び出した鈴木がボールを弾けず、ゴール前のこぼれ球を押し込まれた。

 悔やまれる形で喫した今大会初失点と痛恨の黒星。途中出場した米国戦で積極的な仕掛けを見せ、この試合で先発起用されたMF遠藤純は「負けてから宿舎に帰って来て、今まで味わえなかった雰囲気があった。この悔しさは絶対に嫌だと思った」とその日の夜を振り返っている。

 だが幸いにも、初戦で米国をたたいていたことで、まだ決勝トーナメント進出の可能性は十分に残っていた。しかも第3戦の相手はグループ最弱のパラグアイ。スペイン戦の悔しさを胸に刻んだ選手たちは、集中力を一段階高めて臨んだこの決戦で6−0の大勝を飾る。

 この試合では2トップの植木理子と宝田沙織がそろってハットトリックを達成。決めるべき2人が2試合無得点だった鬱憤(うっぷん)を晴らせば、2戦連続で先発した遠藤が鋭いドリブル突破から3アシストを記録した。後方ではスペイン戦で先発を外れたスタンボーが渾身のPKストップで完封に貢献。彼女らの活躍によってベストの布陣とメンバー構成も固まり、初優勝への道のりは一気に開いた。

試合巧者ぶりを発揮し、決勝でスペインにリベンジ

グループリーグで一度敗れているスペインに、ファイナルで見事なリベンジ 【Getty Images】

 その後の戦いぶりは、最初の2試合がうそのように頼もしいものだった。

 ドイツとの準々決勝は終始ゲームの主導権を握りつつ、後半の3ゴールで一気に勝負を決めた。イングランドとの準決勝では前半に得た2ゴールを手堅く守りきった。いずれも勝負どころを心得た、試合巧者ぶりが際立つ勝利だった。

 そして迎えた決勝。前半はスペインの巧みなビルドアップに2トップが仕掛けるプレスを無効化され、特に右サイドへの大きな展開から何度もチャンスを作られた。

 だが選手たちは押し込まれる展開にも冷静さを失うことなく、スタンボーの好セーブと最終ラインの体を張った守備で苦しい時間を耐えしのぐ。そして38分、MF宮澤ひなたがペナルティーエリア手前からミドルシュートを決め、劣勢の前半を1−0で折り返すことに成功した。

 プレスのかけ方を修正した後半は中盤での主導権争いを優位に運べるようになり、攻撃の機会も増加した。57分には植木のポストプレーから宝田がゴール前に抜け出して追加点。65分には右サイドでボールをキープした宝田の落としを長野が豪快に蹴り込んだ。

 その後はロングボールを放り込んできたスペインのパワープレーをしぶとくはね返し、1失点に抑えて試合終了。ボール支配率は39パーセントにとどまるも、枠内シュート数は10:4。決勝もまた日本の効率性が際立つ結果となった。

池田監督も認めたヤングなでしこの急成長

選手たちを信頼し、また選手たちからも信頼されていた池田監督 【Getty Images】

「選手のがんばりは尊敬に値するものだと思っています。またこの大会の中で選手個人、チーム全体としても成長がありました。本当にいいグループだったと思います」

 試合後の会見で、池田監督はうれしそうにそう言っていた。

 浦和レッズのCBとしてJリーグ発足初期に活躍し、若くして指導者に転身した指揮官は、理想とするサッカーを問うと「選手が持っているエネルギーをピッチで表現できるサッカー」と答えてくれた。

「この年代は強みが何だ、その子の強みは何だ、どれが世界と戦える武器かというのを選んでいって、それと相手の長所と短所を比べてバランスを取って、どういうふうにやっていくかを考えてチームを作っていく。そこに選手自身の気付きがあり、成長があって、というのが理想的でいいなって。最後は積み上げてきたもので選手自身が戦えるくらい成長してくれれば一番いいですよね」

 今大会の会場はフランスの3部、4部クラブが使用する小さなスタジアムばかりで、決勝以外の観客は2千人台だった。そのためスタンドから選手や監督の声を聞くことができたのだが、ベンチ前から池田監督が声を張り上げる回数は試合を重ねるごとに減っていった印象がある。スペインに押し込まれ続けた決勝の前半も、半分以上の時間は座っていたのではないか。

 それはおそらく、試合を重ねるごとに自信をつけ、自分たちがやりたいサッカーを体現できるようになっていった選手たちに対する信頼の表れだったのだろう。

 試合後、ある選手に「監督は泣いていた?」と聞くと、「結構冷静でした。『予定通り』って言ってたし」と返ってきた。

 それはきっと、本心だったのだと思う。

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著者プロフィール

東京生まれの神奈川育ち。桐光学園高‐早稲田大学文学部卒。幼稚園のクラブでボールを蹴りはじめ、大学時代よりフットボールライターを志す。2006年よりバルセロナ在住。現在はサッカーを中心に欧州のスポーツ取材に奔走しつつ、執筆、翻訳活動を続けている。生涯現役を目標にプレーも継続。自身が立ち上げたバルセロナのフットサルチームは活動10周年を迎えた。

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