伊藤光はキャッチャーとして生きる 新天地DeNAで目指す頂上の座

日比野恭三

垣間見える経験値と情報処理能力の高さ

移籍後は1本塁打を含む5試合連続安打などバットでも貢献している 【(C)YDB】

 伊藤光はキャッチャーとして生きる。その確認のもとで始まった18年シーズンだったが、4月半ばには1軍登録を抹消された。それでも「ファームでは、キャッチング、ワンバンを止めること、冷静に物事を見つめることに意識して取り組んでいた」と話すように、いつか必ずやってくる出番に向けて研鑽(けんさん)を惜しまなかった。

 そんな伊藤を欲したのが、キャッチャー陣の強化を望んでいたDeNAだった。

 合流からわずか2日後、オールスター明け初戦の東京ヤクルト戦にスタメン起用し、そこから6試合連続で先発マスクを託した事実からも、伊藤に対する期待感の高さがうかがい知れる。伊藤もまた、覚えたてのサインプレーに苦慮しながらもそつなく守備をこなし、打っては1本塁打を含む5試合連続安打を放って、10年強のキャリアがダテではないことをきっちりと示した。

 特に、初めてバッテリーを組んだにもかかわらず、ピッチャー陣と息の合ったコミュニケーションがとれているところに、経験値と情報処理能力の高さを感じる。

 伊藤がマスクをかぶった2試合目、7月17日のヤクルト戦でのことだ。

 初回に3点を失った先発の浜口遥大だが、2回以降はスコアボードにゼロを並べていた。そして6回、先頭の畠山和洋に四球を与え、川端慎吾は空振り三振。続く西浦直亨にカウント2ボールとなったところで、伊藤はマウンドに駆け寄ったのだ。2人はバックスクリーンのほうに顔を向けながら、少しの間、言葉を交わした。

 伊藤が明かす。

「2回から持ち直してはいたけど、6回は(5回終了時のグラウンド整備で)流れが止まって、もう一回始まるところ。(浜口は)フォアボールが失点に絡むケースが多いということは頭に入っていたので、一呼吸、置いてあげただけですね。球威で押すピッチャーだと思ったので、コントロールのことはいいから、結果を考えず、とにかく腕を振って自分の球を信じて投げてこいと言いました。ワンバンが来ても、止める準備はしてるからって」
 球数が120球に迫り、ふらつきかけていた浜口はこの一言で息を吹き返した。西浦に3球ストレートを続けた後、最後はフォークで空振り三振。続く中村悠平を1球でセンターフライに打ち取って、初回の失点のみのクオリティスタートを達成した。

「29歳だけど、折り返し地点」

目標は「チームから絶対的に信頼されるようなキャッチャー」 【(C)YDB】

 伊藤がDeNAから提示された背番号は「29」。年齢と同じ数字を背負ったことで、ふとよぎる思いがある。

「29歳で来たんだ、これからを大事にしようって思いましたね。自分と比べるのは恐れ多いですけど、名捕手と言われた選手たちも最初からできたわけじゃない、というのはよく言われること。自分も、いずれ振り返られた時に『そのへんの年齢(30歳あたり)からよくなったよね』って言われるような選手になれればいいなと思います。たとえば谷繁(元信)さんは高卒で20年以上も主力でやられてましたし……いま自分が11年目っていう年数を見ると、折り返し地点なのかなっていう気持ちもあるんです。もう29だけど、まだここから。自分もそういう先輩のキャッチャーに一歩でも近づけるように、いままでやってきたことをプラスにしていきたい」

 少年時代の伊藤は「キャッチャーだけはやりたくなかった」。ずっと腰をかがめ、体力的にもきついイメージしかなかったからだ。それでも肩の強さを買われ、「ホームラン20本打ったら新しいキャッチャーミットを買ってやる」という指導者の言葉に乗せられ、中学生になってからピッチャーの球を受け続けてきた。

 その少年はいま、「キャッチャーだけをやる」と決めたプロ野球選手になった。新天地で目指すのは、まだ足を踏み入れたことのない日本の頂上だ。

「チームから絶対的に信頼されるような、ベンチからも選手からも信頼されるようなキャッチャーになることが一番大事だと思うので、求めるのはそこですね。そして日本で一番いい舞台で優勝できたら最高だと思います。まずは一回、優勝したい。その時はまあ、泣くでしょうね。やっぱりそれだけ苦しいポジションなので」

 14年、目の前で福岡ソフトバンクにリーグ優勝を決められ、伊藤は泣き崩れた。17年、DeNAの選手たちはやはりソフトバンクに日本一への道を閉ざされた。

 頂上は決して手の届かない場所ではない。それを知っている者同士が手を携えたチームは、残り59試合、大きなうねりを起こせるだろうか。

(取材協力:横浜DeNAベイスターズ)

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著者プロフィール

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。

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