ベルギー敗戦とシャンパンサッカーの記憶 日々是世界杯2018(7月10日)

宇都宮徹壱

敵愾心が芽生えないフランスとベルギーの関係

エルミタージュ宮殿広場で出会ったフランスのサポーター。殺伐とした印象は微塵(みじん)も感じられない 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)27日目。この日はサンクトペテルブルクでフランス対ベルギーの準決勝が行われる。今大会も残り4試合。グループステージのころに感じられた祭典ムードは、ベスト8を迎えるあたりからすっかり希薄となってしまった。自国の試合に関係なく、大会を盛り上げていたメキシコやコロンビアなどのサポーターの多くが帰国してしまったのは、確かに寂しい。そんな中、ここサンクトペテルブルクでは、多くのブラジルのサポーターを見かける。「サッカー王国」の人々にとって、今大会は「最低でもベスト4」という想いがあったのだろう。その表情からは、どこか自虐めいたものが感じられる。

 キックオフまで時間があったので、昼間はエルミタージュ宮殿広場で、フランスとベルギーのサポーターを撮影していた。勝てばフランスは3大会ぶり3回目、ベルギーは史上初となるW杯決勝進出。どちらにとっても運命の一戦となるわけだが、観光を楽しむ彼らから気負いのようなものは一切感じられない。たまたまカフェで席が隣になったフランスのサポーターは、実にあっけらかんと自身の予想を披露してくれた。いわく「今日の試合? 意外といい勝負になるんじゃないかな。攻撃は向こうが上だけど、こっちは組織的にまとまっているからね。同点のままPKまでいくかもしれない」──。

「絶対に勝つんだ」という切迫感も、対戦相手への敵愾(てきがい)心もまったく感じさせない余裕ぶり。それは、エルミタージュを観光している両国のサポーターにも共通するものであった。これがフランス対ドイツ、あるいはベルギー対オランダだったら、もう少し殺伐とした雰囲気になっていただろう。フランスとベルギーは隣国ではあるが、サッカーでもそれ以外でも熾(し)烈なライバル関係にあるわけではない。ちなみに過去の対戦は73回を数え、ベルギーの30勝19分け24敗。ところがW杯での対戦となると2回しかなく(38年大会と86年大会)、いずれもフランスが勝利している。

 試合は、現地時間21時にキックオフ。ベルギーはいつもの可変式3バックでスタートした。注目は、左のワイドで起用されていたナセル・シャドリが右に回り、出場停止のトーマス・ムニエに代わって守備時には4バックの一角に入ったことだろう。攻撃時には3トップにもアレンジが加えられ、中央がロメル・ルカク、右がケビン・デブライネ、左がマルアヌ・フェライニに。エディン・アザールは左のワイドに入り、そのアザールが前半14分と18分、立て続けに際どいシュートを放つ。対するフランスも、ワントップのオリビエ・ジルーにたびたびチャンスが到来。しかし、どちらも得点には至らなかった。

ドイツのような手堅さが感じられるフランス

試合後のスタディオン・サンクトペテルブルク。4日後、再びここでベルギーのゲームが見られる 【宇都宮徹壱】

 かくして前半は0−0で終了。だが、あまりにも濃密なシーンが続いたので、どちらも2ゴールくらい挙げているような満足感を覚えてしまう。緻密さとスペクタクルが詰まったゲーム展開。今さらながらに、このカードが決勝でなかったことが悔やまれてならない。しかしゲームの均衡は、意外にあっさりした形で破られる。後半6分、アントワーヌ・グリーズマンのCKに、ニアサイドに飛び込んだDFのサミュエル・ウムティティがニアサイドから頭で合わせて、ティボー・クルトワが守るベルギーゴールを揺らす。身長194センチのフェライニが対応を試みたが、183センチのウムティティがこれに勝った。

 フランスが先制して以降は、両チームの対照的なベンチワークを興味深く見守った。ベルギーは、ビルドアップで機能しないボランチのムサ・デンベレを後半15分に下げて、ドリース・メルテンスを投入。メルテンスが前線に入り、デブライネがボランチに下がったことで、ベルギーは攻撃の活性化と中盤の安定化を同時に実現させた。だが、ロベルト・マルティネス監督の決断は、やや遅きに逸した感が否めない。対するディディエ・デシャン監督は、我慢を重ねた末に後半40分、465分にわたって枠内シュートなしのジルーを諦め、スティーブン・エンゾンジをピッチに送り込む。明確な逃げ切りのメッセージであった。

 かくしてフランスは、3大会ぶり3度目となる決勝進出。試合終了後、沈着冷静なデシャン監督が喜びを爆発させる姿が印象的であった。当然だろう。フランスが初めてファイナルに進出した時のキャプテンが、20年後には監督として再び決勝の舞台にたどり着くことができたのだから。キャプテンと監督としてW杯を制したのは、ドイツのフランツ・ベッケンバウアーのみ。2人目となる快挙まで、あと一歩と迫った。そういえば今大会のフランスは、憎らしいほど強いドイツのような手堅さを感じる。6試合でわずか4失点という守備力もさることながら、試合運びそのものにも無駄や虚飾がまったく感じられない。

 現在のフランスからはイメージしにくいかもしれないが、自国開催となった98年大会で優勝するまで、彼らは「サッカーは美しいけれど結果が伴わない」というジレンマをずっと抱えていた。ベスト4の壁を突破できなかった、いわゆる「シャンパンサッカー」時代のフランスは、今のベルギーに重なる部分が少なくないように感じられる。今大会の結果を受けて、ベルギーがどのような方向性に舵(かじ)を切るのか、現時点では分からない。しかし4日後の3位決定戦で、われわれはもう一度、彼らのサッカーを楽しむことができる。会場は、ここサンクトペテルブルク。翌日はモスクワに移動するが、白夜の古都に戻ってくることが楽しみでならない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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