錦織圭と夕暮れ、思い出す4年前の出来事 高い集中力で臨んだ全英3回戦

内田暁

日没中断も意識「今日中には終わらないね」

日没中断も意識した3回戦に勝利した錦織。会心の勝利に思わずガッツポーズ 【写真:ロイター/アフロ】

 夕闇、ウィンブルドン、そして錦織圭――この3つの要素が重なった時、想起されるのは2014年の出来事だ。

 この年、第10シードとして大会に挑んでいた錦織圭(日清食品)は、3回戦でシモーネ・ボレリ(イタリア)と対戦。終始相手に先行される苦しい戦いを強いられるも、第4セットをタイブレークの末に取りきり、試合はファイナルセットへと突入する。勢いは追い上げる錦織にある……そう思われたがその矢先、ゲームカウント3−3の場面で試合は日没のため中断となった。
 もっともそれだけなら、テニスの試合では決して珍しいことではない。ただこの時の状況が特殊だったのは、試合が行われた3回戦が土曜日であり、そして翌日の日曜日は、ウィンブルドンの慣例として試合が行われないことである。つまりは錦織対ボレリ戦の続きは、翌日ではなく、約40時間後の月曜日へと順延になったのだ。試合が再開された後、もし1ゲームでも先にブレークされれば、その時点で終わってしまう可能性が高い。そのような状況で日曜日を迎えた錦織は、「こんな経験は初めてだったので、メンタルがとても疲れた」と言い、日曜日の夜は試合の続きを夢にまで見たという。結果的には最終セットを6−4で奪い勝利を手にしたが、プレッシャーにさいなまれ、心休まらぬ1日半を過ごすことを強いられた。

 その時と似た状況を、錦織は4年後の今年、再び味わうことになる。土曜日の3回戦に組まれたニック・キリオス(オーストラリア)戦は、前の2試合がいずれも熱を帯びた長い試合となったため、開始時間が遅れに遅れた。軽食と仮眠、そして長めのウオームアップを繰り返し、錦織がコートに足を踏み入れた時には、時計の針は夜の7時30分に迫っていた。

「今日中には終わらないね」

 そんな会話をコーチとのみならず、キリオスとも交わしたという。

高い集中力で臨んだ試合 いら立つ相手に余裕の勝利

いら立つキリオス。錦織は高い集中力を保ち4回戦に進出した 【Getty Images】

 月曜日に試合がずれ込むことを覚悟のうえで、立った薄暮の1番コート。それでも経験で相手に勝る錦織は、「なるべく先にリードしなくては」と自身に言い聞かせた。その高い集中力は、第1セットでのファーストサーブを3本しかミスしなかった数字に顕著に映し出される。状況にうまく対処できずいら立つキリオスのミスにも乗じ、錦織は第1セットをわずか16分で奪い去った。
 第2セット、そして第3セットは数字上は競った展開となるも、主導権を握っていたのは常に錦織の方である。スタジアムの客席の向こうに姿を消し、地平線に沈みゆく太陽を追うかのように急ピッチで進む試合は、日の光がまだ微かににじむコートで、錦織のブレークにより終結した。

 この勝利がいかにうれしいものだったかは、試合後のコートで見せた輝く笑顔と、記者会見での言動にも色鮮やかに映し出された。第2セットのセットポイントで決めたスーパーショットについて問われても、「あんなの全然、日常茶飯事です」と、本音ともジョークも取れる笑顔で謙遜する。会見時間がしばらく進むと、心なしか軽く腰を浮かせて「……ちょっとトイレ行きたくなって」と決まりが悪そうに笑った。安堵(あんど)と喜びが交錯するその姿は、4年前の体験がいかに苦しかったかを物語るようでもあった。

 その4年前は心身の疲労が尾を引いたか、4回戦でミロシュ・ラオニッチ(カナダ)に敗れた錦織。
 今回、似た状況を異なる結果で切り抜けたその先で、4年前とは異なる結末が待っている――そんな期待が膨らむ快勝劇だった。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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