ウィンブルドン初戦突破の大坂なおみ ポジティブパワーを追い風に笑顔で好発進

内田暁

どんな場面も「笑顔」でプレー

ニクレスクを破り初戦突破を果たした大坂。右腕を上げ観客の声援に応える 【写真は共同】

 芝を滑るショットの行方を見届けるたび、彼女の表情は猫の目のように目まぐるしく変わった。
 強烈なリターンがラインの内側をとらえると、ガッツポーズを握りしめ「カモーン!」と高い声で叫ぶ。わずかにラインを外した時は、「本当にアウト?」とのぞき込むように姿勢を低くし小首をかしげた。ややぎこちなく放ったドロップショットがネットぎりぎりを越えて相手コートに落ちると、軽く飛び跳ね天を見上げる。リアクションはボールの軌道を反映し、その時々で異なりはする。だがいずれの場面にも共通したのは、彼女が笑顔だったことである。

「試合の序盤は、自分への期待もありナーバスだった。でも試合が進むにつれ、ここにいることそのものがハッピーだと感じるようになったの」
 試合後の会見室に座る彼女は、コート上と同じ笑顔でそう明かした。卵が先か鶏が先か、その明るい表情の理由はもちろん、会心の試合内容にも起因する。初戦の相手のモニカ・ニクレスク(ルーマニア)は、ほぼ全てのショットをスライスで打つ、ツアー屈指のトリッキープレーヤー。しかもそのプレースタイルは、芝で特に効果を発揮する。それだけに今大会のドローが決まった時は、多くの報道者や識者たちも、この一戦を“初戦屈指の好カード”に推したほどだった。

大坂を明るくするポジティブな人たち

“初戦屈指の好カード”は大坂が圧巻のスピード勝利を飾った 【写真:アフロ】

 だが、いざふたを開けてみれば、6−4、6−1のスコアで大坂が圧巻のスピード勝利を奪い取る。立ち上がりこそ相手のスライスにやや戸惑いを見せはしたが、「自分が強打するほど相手はスライスを効果的に使ってくる」ことに気づき、第1セットの中盤からは、ややペースを落として打ち合いながら、確実に決められる機を見極めた。さらにはリターンゲームでは、相手のファーストサーブをもフォアに回り込み強烈に叩く。揺さぶりにも落ち着いて対応されては、ニクレスクにそれ以上の手札はない。球威のみならずショットバリエーションでも相手を上回りはじめた大坂は、勝利を決めるとベンチの一角に、この日最高の笑みとガッツポーズを向けた。そこに居るのは、コーチや母親をはじめとする“チームなおみ”の面々だ。
「自分の周りにはポジティブな人がいっぱいいる。そのことがうれしかったし、試合ではベストを尽くそうと思えた」
 笑顔の理由を、彼女はそう説明した。

勝利を収めニクレスクと握手を交わす大坂。ポジティブを力に次戦に臨む 【写真:アフロ】

「ポジティブな人が周囲にたくさんいる」ことは、完璧主義者で、ともするとできること以上にできないことにとらわれがちな彼女の目を、明るい側面へと向かせていく。特に今大会は、家を借りてスタッフや家族の面々と共同生活を送っているため、より周囲の空気が自身の心理面に深く浸透しやすい。例えば、もともとは「あまり興味がなかった」サッカーのワールドカップを、ドイツ人コーチの影響で見るようになったこともその一つ。日本対ベルギー戦を「テレビの前で、みんなで叫びながら見ていた」彼女は、「あの試合の次の日に、私が負ける訳にはいかないと思った」と、日本の敗戦を発奮材料にしたとも言った。

 心配された腹筋のケガは、初戦のプレー、そして会見で問われた際に脇腹を押さえ「いたい!」と笑うおどけた反応を見る限り、心配は無さそうだ。次の対戦相手は、ワイルドカード出場の地元選手だが、予想されるアウェーの環境にも「私は相手の応援が多いほど燃えるタチなの」と不敵に笑う。
 自身を覆うポジティブパワーを追い風とし、選手仲間から「新幹線」のニックネームを与えられる成長著しい20歳が、芝を滑るように笑顔で好発進を切った。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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