錦織、正統派テニスで“くせ者”封じる かつてのライバル破り全英3回戦へ

内田暁

7年前の“時の新星”トミックと対戦

ウィンブルドン2回戦の相手は、かつてライバル視したトミックだった 【写真:アフロ】

 錦織圭(日清食品)が、初めてグランドスラムのベスト8入りを果たしたのは、2012年全豪オープンのことである。当時22歳だった彼はしかし、その快挙にそこまで大きな喜びを示さなかった。

「トミックがいなければ、もっと喜んでいたかもしれませんが……」

 ここで錦織が名を挙げたバーナード・トミック(オーストラリア)とは、11年のウィンブルドンで、18歳にしてベスト8に躍進した“時の新星”。2メートルに迫る長身ながら、パワーに頼らず老獪(ろうかい)とも言えるプレーを見せる3歳年少者は、錦織の負けず嫌い魂に火を入れ、向上心を賦活(ふかつ)してくれる存在でもあった。

 そんなトミックは25歳を迎えた今、世界の184位で、今大会にも“ラッキールーザー”(本戦欠場者が出た事での繰り上がり出場)として辛うじて本戦入りを果たしている。決して、大きなケガなどがあった訳ではない。ただ、コート内外の素行や発言が周囲との軋轢(あつれき)を生み、テニスと真剣に向き合えない時期を多く過ごした。「なんかテニスに飽きてきた。この数年モチベーションがない」と初戦敗退後に投げやりに言い放ち、物議を醸したのが1年前のウィンブルドン。「この競技に敬意を払ったことはない」の放言は、多くのファンや関係者の反感を買い、スポンサーを失いもした。

 かつてはライバル視したその選手を、錦織は「あれだけ才能があって軽くトップ10に行けるような選手なのに」と評する。「僕がとやかく言う立場でもないので」と断りを入れながらも、「彼が日本人だったらいろいろとアドバイスはしたいですが」とこぼす一言に、微かな憂慮がにじみもした。
 そのような難解な相手との対戦は、予想どおり競ったものとなる。物憂げに放つ緩いボールから一転、突如強打するトミックのテニスは、彼のキャラクターを反映するようにつかみどころがなく不可解だ。第1セットは錦織にミスが目立ち、相手へと明け渡した。

難解な相手には王道で対抗

シャツで汗をぬぐうトミック。錦織は第1セットを奪われたものの、正統派テニスで勝利をつかんだ 【写真:ロイター/アフロ】

 第2セットもトミックのプレーに、質の低下は見られない。それでも錦織は、気持ちを切らさず、自分がやるべきことに……特に、芝での王道とも言える戦いに徹した。

 その一つは、サーブの安定。「スピードも大切ですが、グラス(芝)ではコーナーに入るだけでエースにもなる」という特性を考慮し、確率とコースに心を配った。とりわけトミックは、サーブのコースを読んで早めに動くクセがある。だからこそ相手の裏をかくための伏線も張り、「しつこくセンターを狙った」場面もあった。試合を通じ24本を数えたサービスエースは、そのような駆け引きと配球の賜物だ。

 ネットに多く出ていくことも、芝での定石とも言えるプレー。この日の錦織は相手の8本を大きく上回る、18のネットポイントを決めてもいる。そしてこの試合で錦織が示した最大の戦術とは、いかなる状況でもチャンスがくると信じ、ポイントやゲームを捨てぬ姿勢だ。その点における両者の対比が最も色濃くコートに映し出されたのが、第2セット終盤の攻防。トミックサーブの第8ゲームで錦織は40−15とリードされるも、相手のスライスを鋭く広角に打ち分け、4ポイント連取でブレークに成功した。対するトミックは続くゲームでは明らかに闘志を欠き、最後のポイントではリターンの構えも見せずエースを決められベンチに下がる。その後も試合はもつれるが、窮状を幾度も救ったのが、この日好調のサーブとネットプレーだ。2−6、6−3、7−6、7−5の辛勝を錦織にもたらしたのは、非王道に対する正統のテニス。それは、日々積み重ねてきたものへの正しさに対する、篤信と矜持のようでもあった。

 そのトミックを破った先で待つのは、こちらも錦織が「才能のある選手」と認めながらも、潜在能力を完全開花させているとは言い難いニック・キリオス(オーストラリア)。予測のつきにくい難敵をネットの向こうにまわし、踏破してきた道の正しさを信じながらの戦いが続く。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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