ハメス・ロドリゲスを身近に感じながら 日々是世界杯2018(7月3日)

宇都宮徹壱

日本敗退後、コロンビアを応援する理由

3列前の席にはハメス・ロドリゲスの姿が。けがのためベンチにも入れず、最前列で試合を観戦していた 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)20日目。この日はサンクトペテルブルクにてグループF1位のスウェーデンとグループE2位のスイスが、そしてモスクワにてグループH1位のコロンビアとグループG2位のイングランドが対戦する。前日にはロストフ・ナ・ドヌにて、今大会における日本代表の冒険が終わったばかり。もちろん私も現場で取材していたわけだが、感傷に浸る間もなく仕事に追われていたため、あまり実感もないままモスクワに戻ってきてしまった。それでも、長谷部誠の代表引退の報に接したときには、さすがに感極まる思いがする。今後もこうした決意表明が、次々と聞かれることになるのだろうか。

 さて、日本代表は大会を去ることとなったが、引き続き現地で取材を続ける者としては、どこか他のチームに肩入れをしたくなるものだ。まずは、大会の今後の盛り上がりを期待して、開催国ロシアには引き続き頑張ってほしい。一方で、長年にわたり東欧フットボールを愛でてきた者としては、やはり20年ぶりのベスト8進出を果たしたクロアチアに、ベスト4入りを期待したいところだ。そして応援したいチームがもうひとつ。日本とグループステージでしのぎを削ったコロンビアだ。なぜなら今大会の日本は「打倒コロンビア」からスタートしており、さらにコロンビアのおかげでグループステージ突破を決めることができたからだ。

 そんな日本のライバルであり、「恩人」でもあるコロンビアの前に立ちはだかるのが、ベルギーに次いでグループステージを突破したイングランドである。イングランドといえば、「4バック」と「ロングキック」が長年の代名詞だったが、現在はプレミアリーグでよく見かける3バックを採用しており、戦術もロングキック一辺倒ではなくなった。主力選手の大半が90年代生まれの20代となり、すっかり一新された感のある「スリーライオンズ(イングランド代表の愛称)」。この日、サンクトペテルブルクで行われた試合は、スウェーデンが1−0で勝利した。ベスト8最後のチームとなるのは、果たしてコロンビアか、それともイングランドか。

 スパルタク・スタジアムでの試合は、両者共にチャンスが限られ、少なくとも前半は退屈な展開に終始した。この日は記者席の数が限られていたため、私たち日本の記者は、最前列に近いデスクのない席で観戦していた。ふと3列前の席に、見慣れた顔の若者が着席している。よく見るとコロンビアの10番、ハメス・ロドリゲスではないか! この日、ハメスはけがのため、同じくベンチ外となったミゲル・ボルハ、そして数人のスタッフと最前列で観戦していたのである。それこそ、左腕のタトゥーの文様がくっきり見えるくらいの距離感だった。

ハメスの背中越しに見る、ベスト8を懸けた接戦

日本の「恩人」コロンビアのサポーター。この日も多くのサポーターがスタンドに詰めかけていた 【宇都宮徹壱】

 前半は両チームとも決め手を欠き、0−0のまま後半に入る。相変わらず、私のすぐ目の前にハメスが座っていた。考えてみると、世界的なスター選手の背中越しに試合観戦するのは、実に貴重な体験と言えよう。実際、ハメスのリアクションは非常に興味深いものであった。いきなり立ち上がって両手を広げて不満を表明するかと思えば、味方がピンチの場面でも下を向いている時もある(SNSに何かしら投稿しているのだろうか)。その落差を楽しみながらピッチ上に視線を戻すと、後半12分にイングランドがPKを獲得。これをハリー・ケインが決めてイングランドが先制する。

 もっとも、その後もスペクタクルから程遠い展開が続いた。それは若きイングランドが、良くも悪くも手堅いことと無関係ではないように思える。歴史的にW杯で南米のチームと対戦する際、引き立て役となることが多かったイングランド。しかし今大会の彼らは、派手さこそないものの、特に守備面での安定感が感じられる。その手堅い守備網をコロンビアが打ち破ったのは、試合終了間際の後半45分+3分のこと。ラストチャンスとも言えるフアン・クアドラードのキックに、高い打点からDFのジェリー・ミナが反応してネットを揺らす。眼前のハメスも、スタッフに抱きついて喜びを爆発させた。

 延長戦に入ると、試合は一気に熱を帯びるようになるが、ここでも決着はつかず。勝敗はPK戦に委ねられることになった。実はイングランドは、国際大会でのPK戦では極めて分が悪く、W杯では過去3回いずれも敗戦。今回も3人目のジョーダン・ヘンダーソンが失敗したときは「ああ、またしても」と思った。しかし、コロンビア4人目のマテウス・ウリベのキックはクロスバーをたたき、5人目のカルロス・バッカもジョーダン・ピックフォードのセーブに阻まれる。最後は、イングランド5人目のエリック・ダイアーがきっちり成功。この瞬間、フットボールの母国は3大会ぶりのベスト8進出と、PK戦の悪夢の払しょくを果たした。

 コロンビアのラウンド16敗退が決まると、ハメスはうなだれながら席を立ち、仲間たちの元に向かった。前回大会の得点王は、今大会は思うようなプレーができず、最後はベンチからも離れた場所で終戦を迎えることとなった。当人も忸怩(じくじ)たる思いだったはずだ。31歳となる4年後、今度はカタールのピッチ上で再会できることを切に期待したい。そして、ホームゲームのようにスタンドを埋め尽くしていたコロンビアのサポーターとも、これでお別れだ。そう考えた時、ようやく日本の敗戦というものを、リアルに受け止めることができた。

 ラウンド16からベスト8へ。たった1勝の違いだが、その距離感がこれまで以上に遠く感じられたのが、今回のロシア大会であった。次回は「日々是」の連載からいったん離れて、今大会の日本代表について、自分なりの総括を試みることにしたい。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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