- 元川悦子
- 2018年7月4日(水) 13:40

下馬評では圧倒的劣勢が予想されていた、現地時間2日に行われたワールドカップ(W杯)ロシア大会のラウンド16、ベルギー戦。勝負のカギを握るのは、相手の絶対的エースFWロメル・ルカクをどう封じるかだった。
「昨年11月の失点シーンもそうだけれど、彼が長所を出せるボールをシンプルに入れられると苦しくなると思うので、そこにいく前の対応がすごく大事になってくる」と日本守備陣の大黒柱・吉田麻也は自身のやるべきことを明確に思い描いていた。
実際、世界屈指のタレント軍団と敵地・ブルージュで17年11月14日に対戦した際、日本は4人の選手がいたにもかかわらず、ナセル・シャドリに中央突破を許して、あっさりとゴール前に折り返され、ルカクに決勝点を奪われた。吉田もシャドリの対応に忙殺され、世界屈伸の大型FWをがら空きにしてしまった。今回こそは絶対に同じミスは繰り返さない――。吉田はそう固く誓って、ロストフ・アリーナのピッチに立った。
史上初の8強入りをつかみかけたが……

序盤から日本は高い集中力で規格外の男をつぶしにいった。吉田は昌子源と連係しながら、確実に体を寄せてルカクに自由を与えない。前半20分過ぎからは一方的に攻め込まれる苦境を余儀なくされたが、クロスを入れられるたびに、背番号22は一瞬早くコースに入ってピンチを阻止。2度3度とあった決定機を未然に防ぎ、何とか試合をスコアレスで折り返すことに成功する。この判断の速さと的確な対応力は、イングランド・プレミアリーグで培った経験の賜物(たまもの)だろう。
迎えた後半、「ベルギーは立ち上がりがスローになる」という香川真司の分析通り、相手の出足が鈍い中、日本は後半3分に電光石火のカウンターから原口元気が待望の先制弾をゲット。この4分後には乾貴士が2点目を挙げ、日本は史上初の8強進出をつかみかけた。
しかし西野朗監督が「乾の2点目でベルギーは『超』が付くくらいの本気モードになった」と語った通り、ここから彼らはスイッチを入れてくる。マルアヌ・フェライニとシャドリを投入し、体格差を利用してクロスを次々と蹴り込むようになる。こういう攻撃は吉田も想定していたはずだったが、徐々にチーム全体に綻(ほころ)びが生じ始める。
「2−0になってから無意識に受け身になってしまった。足元のボールが多くなってミスが増えて、自分たちのミスからCKを与えて守り切れなかったり、悪循環が続いた」と吉田もネガティブな流れを止められない。その結果が後半24分のヤン・ベルトンゲンのラッキーなヘッドによる1点目であり、エデン・アザールのクロスにフェライニが飛び込んだ後半29分の同点弾だった。
4試合で7失点、大半はリスタート絡みの失点

日本は勝ちにいこうと、本田圭佑というジョーカーを投入し、終盤にはリスタートからチャンスを作った。が、その本田の左CKからわずか10秒足らずで、シャドリに3点目を奪われ、直後にタイムアップの笛が鳴り響いた。こんな結末を一体、誰が想像しただろうか。
「僕は『精神的な脆(もろ)さ』が出たんじゃないかと思います」と吉田は、日本の問題点をズバリ指摘した。
「日本は勝ち慣れていないし、まだまだ勝ち切る強さがないという思いが強かった。2006年のドイツW杯の時も、オーストラリアにリードして、そこから大逆転を食らった。今回も同じではないし、肉体的、フィジカル的、能力的な差はあったと思いますけれど、やっぱり精神的な弱さや脆さはあった。そこでチームを引っ張っていけなかった後悔はある。非常に心残りですね」と自分が日本の守備を担っている、と大会を通して言い続けてきた男は、敗戦の責任を痛感していた。
この大一番での3失点のみならず、グループリーグを含めて、日本は4試合で合計7失点を喫している。しかも、その大半がリスタート絡みだ。そこに関しては最大限の注意を払ってきた吉田だったが、どうしても歯止めをかけられない。FIFA(国際サッカー連盟)ランキング61位のチームがこの状況では、8強入りは夢のまた夢だ。フィジカル的に見劣りする日本が、いかにして失点を減らしていくのか。われわれはロシアの大舞台で、あらためて重い課題を突き付けられた。
失点に直結するミスは激減、判断が明確に

とはいえ、吉田自身のパフォーマンスは非常に安定していた。4年前の14年ブラジル大会では、初戦のコートジボワール戦でディディエ・ドログバが出てきた終盤にズルズルと引いてしまい、わずか2分間で2点をたたき込まれたが、今回はその時のような不安定さは一切見せなかった。その一挙手一投足には確固たる自信と風格が漂い、1ランク上のDFへとステップアップした印象が強く残った。
振り返ってみれば、2011年のアジアカップで初キャップを飾ってからというものの、吉田は不用意なミスを犯すことが多いDFだった。それは所属クラブでもしばしば見られたが、サウサンプトンでの17−18シーズンでは、失点に直結するようなミスが激減。自分が行くべきところ、引くべきところの判断が明確にできるようになった。
こうした積み重ねが、今大会のラダメル・ファルカオ、エムバイエ・ニアン、ロベルト・レバンドフスキ、今回のルカクといったエースつぶしにつながったのは間違いない。昌子との息の合ったコンビネーションとマークの受け渡し、チャレンジ&カバーもW杯の大舞台でしっかりと機能した。
ゆえに、リスタートからの数多くの失点が大いに悔やまれた。2−0から3点を奪われ、試合をひっくり返されたベルギー戦は最たるものだろう。
「昨日は一晩中、『もっとやれたんじゃないか』という思いが頭の中を駆け巡っていました」と吉田は敗戦から一夜明けても、悔恨の念を拭えていない様子だった。