踏みとどまったドイツ、その強さの秘密 一か八かに頼らない「メンタルモンスター」

中野吉之伴

ドイツの強みを1つ1つ消していったメキシコ

第2戦のスウェーデン戦、後半アディショナルタイムで勝利をつかんだドイツの強さの秘密とは? 【写真:ロイター/アフロ】

 3月のテストマッチでブラジルに負けても(0−1)、6月にオーストリアに負けても(1−2)、勝ったとはいえサウジアラビアに苦戦しても(2−1)、「ワールドカップ(W杯)本大会が始まれば大丈夫」という雰囲気があった。監督のヨアヒム・レーブも「大丈夫。心配はいらない」と笑顔で答えていた。王者としての自信。それがプレーに好影響を与えるならいい。

 6月17日(現地時間、以下同)に行われた初戦のメキシコ戦で、レーブは2014年のW杯優勝メンバーから8人をスタメンに起用した。それは、本大会初戦という特別な試合では、大舞台の雰囲気に動じず、相手をうまくいなしながら勝負どころを逃さずに得点を狙うことが必要であり、そのためには経験豊富なメンバーが欠かせないと判断したからだ。

 戦術的に見ると、ドイツのサッカーはどんな試合でも自分たちが主導権を握ることを基本としている。決勝トーナメント進出を目的にしているのではない。世界の頂点を目指すためには、意図をもってボールをコントロールし、攻撃的にプレーを構築し、相手を押し込み続け、勝ち切り続けるという姿勢がなければならないとレーブは考えている。そうなると、守備陣からボールを前線へと運ぶビルドアップと呼ばれる段階で、不用意なミスでボールを失わずに狙い通りにボールを前に運ぶというのは必須条件。ドイツはそれができる選手を育成し、そろえてきた。

 そんなドイツの強みを各国は知っている。研究は進んでいるのだ。この日のメキシコは、徹底的にポイントを1つ1つ消していった。攻撃のリズムを作るMFトニー・クロースに対し、カルロス・ベラが常にマンマークで守り、縦パス能力の高いセンターバック(CB)のマッツ・フンメルスには素早く距離を詰めてパスを許さない。逆にあえてCBのジェローム・ボアテングにはボールを持たせ、じれて前に出てくるようにおびき寄せ、前線では常に2〜3人のメキシコ選手がカウンターの機会を待ち続けた。

 ヨシュア・キミッヒもケアされた。精度の高いクロスや状況に応じたポジショニング、プレー選択ができる右サイドバック(SB)はドイツの攻撃に欠かせない存在だが、この日はボールを持つとすぐに詰められる。ぎりぎりのところまで体を投げ出して守ってくるメキシコの前に、パスを出したくても、出しどころがない。

 何とかしようとボランチのサミ・ケディラが何度も攻めあがっていく。コースが開く。だがそれも罠だ。ケディラがボールを持って上がりだしたところで囲い込み、奪い取ろうとする。うまくいかないときもあるが、はまった時はそこから一気にカウンターを仕掛けられる。ゾーンとマンマークをうまく使い分けながら守備組織を構築し、相手をうまく誘い出してスペースを作り、カウンターを仕掛けていった。

心のどこかに潜んでいたかもしれない慢心

メキシコ戦でのドイツはあまりにもゲームメークが正直だった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 一方、ドイツも対策を講じようとする。後半15分、相手選手を動かしてスペースを作り、そのスペースを生かせる選手が必要とケディラに代えてマルコ・ロイスを投入。流れる動きが得意なユリアン・ドラクスラーとポジションチェンジしながらメキシコ守備を揺さぶろうとした。そしてずれたスペースに入り込むのが抜群にうまいメスト・エジルがパスを引き出し、攻撃の起点を作っていく。

 後半は多少なりとも動きはよくなった。だが、メキシコも終盤にはベテランDFラファエル・マルケスをピッチに送り、ゆがみが生じていた守備ラインと中盤のスペースを安定させる。このあたりの駆け引きのやり取りはハイレベル。ドイツにもチャンスがないわけではなかった。だが、それでも全体的に振り返ると、この日のドイツはあまりにもゲームメークが正直だった。

 相手をいなすためのメンバー構成だったはずなのに、試合を落ち着かせることができないまま敗れた。自信はひとつ間違うと慢心となる。「そんなことはない。僕らは過小評価はしないで真剣に試合に向かう」といった発言を聞くが、そもそもそのような発言をする段階で、慢心は心のどこかに潜んでいたのかもしれない。

スウェーデン戦の立ち上がりは良かったが……

スウェーデン戦もルディ(中央)が鼻骨骨折で途中交代を余儀なくされるという不運が続く 【写真:ロイター/アフロ】

 続くスウェーデン戦を落とすと、グループリーグ敗退がほぼ決まる。過去のW杯でそんなことは一度もない。その最初が、このロシアで起こってしまうのか――。23日に行われた注目のスウェーデン戦で、レーブは4つのポジションを変更。特に驚きとなったのがエジルのスタメン落ちだ。W杯、欧州選手権で26試合連続スタメン起用されていたエジルがベンチスタート。『ビルト』紙が「レーブ時代の革命」と書いたほどのインパクトだった。

 立ち上がりは良かった。開始からボールを支配し、シュートチャンスも多い。だが、また不用意なミスでピンチを招いてしまう。前半32分、主軸であるクロースのミスパスからまさかの失点。オラ・トイボネンのシュートが素晴らしかったのは言うまでもないが、パス成功率で世界一、二を争う名手のクロースが、なぜ自陣で無理をしなくていい局面でリスクのあるパスを選択してしまったのか。初戦ではマンマークでほとんどゲームに絡めず、この試合でも縦にパスを送りたいのにスペースに顔を出さない味方にイライラして、大きなジェスチャーをすることもあったが、そうしたことも影響したのだろうか。

 さらに試合にリズムをもたらしていたセバスティアン・ルディが相手選手との交錯により、鼻骨骨折で途中交代を余儀なくされるという不運もあった。今大会、初スタメンを飾ったロイスの見事なゴールで一度は同点に追いつき、その後は一方的に攻め続けたが、2点目が遠い。さらに後半37分、ボアテングが不用意な2枚目のイエローカードで退場処分となってしまう。テレビ解説では「経験豊富でチームのリーダー格である選手がこのようなミスをするのはいただけない」と指摘されていた。残り時間は10分余り、1人少ないという窮地にドイツは陥った。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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