踏みとどまったドイツ、その強さの秘密 一か八かに頼らない「メンタルモンスター」

中野吉之伴

監督、選手たちはあきらめていなかった

アディショナルタイム5分、最後のチャンスでクロースが極上の業を見せた 【写真:ロイター/アフロ】

 万事休すか――。誰もが思ったことだろう。だが選手たちは「もうだめかもしれない」と考えることはなかった。レーブはさらに動いた。後半42分、左SBヨナス・ヘクターを下げてユリアン・ブラントを投入。初戦のメキシコ戦でも終盤に投入されると、相手守備の隙間にうまく顔を出してボールを引き出し、際どいシュートを放っていた。この試合でも後半47分に強烈な左足シュート。だがこれはポストをたたいた。焦りはもちろんある。それでもドイツは足を止めないでさらに前を目指した。

 アディショナルタイム5分、ペナルティーエリア左外でFKのチャンスを得た。ロイスとクロースがボールをセットする。試合後にクロースがこの時の様子を明かしていた。

 おそらく最後のチャンスだろう。クロスは相手の方が分がある。これまで何度も跳ね返された。それならばシュートか。ロイスは直接狙うことを提案した。クロースは同意しなかった。角度が悪すぎる。可能性を上げないと。そこでボールの位置をずらしてからのシュートを決断した。ゴールに向けてボールが行けば、何か起こる可能性は高くなるはずだ、と。

 クロースはロイスにボールをチョンと預けて一歩踏み出し、右足を振りぬいた。見事な弧を描いたシュートがゴール右上隅へと吸い込まれた。普段はゴールを決めても、勝利をしても冷静なクロースが、グラウンドにひざまずき、両こぶしをたたきつけて喜んだ。どれほど追い込まれていたか。その心理的なプレッシャーは想像を絶せるものがあったはずだ。その中でみせた極上の業。

 試合後にミュラーがテレビのインタビューに答えていた。息がまだきれている。試合後すぐのインタビューとはいえ、普段ならここまで呼吸が乱れていることは少ない。どれほどの試合だったのか。試合終了間際のゴールを語るミュラーに「しかも数的不利でのゴールでしたしね」とインタビュアーが相づちを打つ。するとミュラーは一瞬考えこんで、ふと思い出したように言葉を放った。「そう、そうか、1人少なかったんだよね」と。思い出す時間が必要なくらいプレーに没頭していたのだろう。

まずは目の前の戦いに勝たなければならない

最終節は韓国戦。もちろんまだ何も決まっていない 【写真:ロイター/アフロ】

「ゲルマン魂」という言葉が日本のメディアではよく使われる。だが、それに該当するドイツ語はない。言葉として存在する必要がないからかもしれない。つまり、彼らの「こうあるべき」という生き方、あり方そのものだからだと思うのだ。そうしようとする精神ではなく、そうである精神の表れ。一か八かに頼るのではなく、頑張っているふうのアリバイに逃げるのではなく、可能性を最大限に高めるためにすべての経験と知識を動員し、それを実現するために体を動かし、研ぎ澄ました集中力で一切の周囲の雑音を消していく。それが「メンタルモンスター」と他国に畏怖の念を与えるドイツの強さの秘密ではないだろうか。

 だから、残り1分を切ってもゴール前への放り込みはしなかった。多くの長身選手を並べるスウェーデン相手に、それではゴールの可能性が高まらないからだ。クロースの決勝ゴールを生んだのも、左サイドでボールを持ったティモ・ベルナーが仕掛けたことで得たFKだった。

「この試合で僕らは本当の意味で大会に来たといえると思う」とミュラーは力強く語った。とはいえ、もちろんまだ何も決まっていない。最下位の韓国まで4カ国がグループリーグ突破の可能性を残している。27日の韓国戦も簡単な試合にはならないだろう。うまく突破できたとしても、決勝トーナメント1回戦でいきなりブラジルと対戦する可能性もある。だが、そのことを考えるのはまだ先だ。まずは目の前の戦いに勝たなければならない。そして、どの道を通ろうとも厳しい戦いは続く。それを乗り越えられる者しかタイトルを手にすることはできない。まだ、ここはグループリーグなのだ。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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