穂積、二宮組、全仏準Vが示した可能性 グランドスラム決勝はもう夢舞台じゃない

内田暁

日本人女子ペア初の大舞台

決勝後のスピーチで笑顔を見せる穂積(左)と二宮。達成感と悔しさと、手応えをつかんだ全仏オープンを終えた 【写真:アフロ】

 センターコートに歩みを進める、二人の顔は笑っていた――。

 予選から含めれば3週間におよんだ、グランドスラム「全仏オープン」の最終日。連日、あれほどまでにロッカールームやプレーヤーズレストランを埋めていた選手や関係者たちは姿を消し、喧騒(けんそう)の代わりに緊張感と、大会終盤固有の興奮が当事者たちを包む。

 穂積絵莉(橋本総業)の母親をはじめとする親族や友人は、急きょ決勝戦前日に、日本から駆けつけていた。

 つい先月、現役を引退したばかりの綿貫裕介は、二宮真琴(橋本総業)のコーチとして2週間を通じて初めて経験することの連続に、選手とともに自身も指導者として急成長できる喜びも覚えていた。

 ジュニア部門の男子ダブルスで優勝した田島尚輝(TEAM YONEZAWA)ら次代の担い手も応援に駆けつけ、日本ナショナルチームの面々の多くも、初めて残る大会最終日の空気を肌身で感じていた。

 穂積と二宮の二人が、日本人ペアとして初めて立つグランドスラム決勝の舞台とは、そのような場であった。

決勝は相手ペースの試合展開に

相手ペアに徹底した対策をとられた二人。得意の動きが封じられ、相手ペースの展開で進められてしまった 【写真:アフロ】

「緊張はそれほどしていない」と、コートに立つ二人は感じていた。センターコートの雰囲気にも、前日から練習し準備をしていたため、特にのまれることもない。
 自分たちに、いつもと違うという自覚はなかった。ただこの日の試合が、それまでの戦いと大きく異なっていたのは、相手ペアのプレーや戦術……特に“ペース”だ。

 対戦相手のカテリナ・シニアコバとバルボラ・クレイチコバは、ともにチェコ出身の22歳。昨年後半から組み続けているほぼ不動のペアあり、両選手ともに高いサーブとストローク力を持つ。
 だがこの日の二人は、立ち上がりからロブを多用し、打ち合いのペースを極端なまでに緩めてきた。サーブ時のフォーメーションも、コートの片側を大きく空けることによりリターンのコースを限定し、ストレートの打ち合いに誘導してくる。そうすることで、日本ペアが得意とする前での動きを制限し、自分たちからネットプレーを仕掛けた。
 日本の二人にしてみれば、ここまで自分たちがやってきたことを、相手に先にやられた形である。しかも相手はスピンをかけた弾むボールを多用することで、近い距離で戦いたい日本ペアを“個”へと解体し、生まれた空間と時間をパワーをもって制した。

 それでも日本ペアもロブやスピードで対抗するが、慣れぬペースと相手の球種に、どうしても決定機でミスが出てしまう。
 二人にとって初のグランドスラム決勝の戦いは、3−6、3−6のスコアで幕を閉じた。

 試合後の優勝スピーチで、二人はそれぞれ、自分を支えてくれた家族やコーチ、そして日本ナショナルチームのスタッフたちに感謝の言葉を述べた。
 終わったという安堵(あんど)感とある種の達成感、そして何より敗戦の悔しさと……種々の感情を胸に満たした穂積は、ファミリーボックスに目を向けると膨らむ思いが溢れ出しそうになり、必死に涙をこらえた。
「このあと、写真撮影があるから……」
 そんな言い訳を自分に用意して。

 表彰式で受け取った銀色のプレートは美しいが、優勝者がトロフィーを掲げる姿を見ると、やはりうらやましさが先に立つ。

「トロフィーが欲しかったね」

 そうこぼす穂積の声に、二宮も同意する。

「あれに、ちゅーしたかったな」

近づいた優勝 二宮はダブルス専念を決意

決勝で敗れ肩を落とす穂積(前)と二宮。優勝は次の「目標」となった 【写真:アフロ】

 今大会の決勝に勝ち進んだ時点で二宮には、心に決めていたことがあった。

「ダブルスを極めていこう」

 これまではどうしても、シングルスで勝ちたいとの思いが強かった。その思いが、変わった訳ではない。ただ、世界の頂点に立つ可能性を感じた今、「やりたいシングルスを捨ててでも、ダブルスを強化したい」と彼女は言った。

 二宮は、驚異的なネット際の反応や、今大会で幾度も相手を畏怖させた高速ロブなどの武器を、どう体得したのかあまり自覚がないという。
 だがコーチの綿貫は、練習で男子が全力で打つボールを相手にし反応を高めていること、そしてフットワークを重点的に強化することで、ボールへの入りを早くし、時間と選択肢のある中で意識的にロブを打つ練習を日々行っていることを明かした。

 日本テニス協会強化本部長の土橋登志久は「二人で世界のトップに勝ち、自分たちでつかんだ舞台。次に生きるし、我々としても生かさなくてはいけない」と、今回の経験が二人のみならず、日本テニス界全体の財産になると見る。

 一方、決勝の舞台を初めて踏んだ二人には、早くも、この経験を次に生かしたいとの思いが強い。
「優勝できる可能性が見えてきた。次からは夢というより目標にして、一戦一戦、戦っていきたい」
 穂積がそう断言すれば、「ここまでできることが分かった。少ないチャンスでもモノにできるよう、目の前のポイントに集中したり、日々の練習に取り組んだりしたいと思いました」と二宮が続けた。

 二人が笑顔で歩みを進めた、グランドスラム決勝戦のセンターコート――そこは二人だけでなく、彼女たちの視線を通じ多くの日本選手や関係者たちもが、夢舞台ではなく「いつか立つべき戦場」として見定める場所となった。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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