作戦力が光る穂積・二宮組、全仏決勝へ 準決勝で生きた効果的ロブショット

内田暁

心を軽くした、杉山愛コーチからの言葉

ロブ中心の戦略がピタリとハマった穂積(左)、二宮組。互いの役割も確認、調整し合ってトーナメントを勝ち進んでいる 【写真:アフロ】

 全仏オープン会場で2番目に大きな“コート・スザンヌ・ランラン”は、朝の練習で初めて足を踏み入れた時から、二人にとってどこか心地良い場所だった。

 クレーコートに苦手意識を抱いていた二宮真琴(橋本総業)は、ジュニア当時から全仏オープンに対しては、あまり良い印象や思い出を持っていなかったという。だが今大会、4つの白星を連ね自信を深めて足を踏み入れたスザンヌ・ランランでは、あらゆることが新鮮で、自然と心が沸き立った。

「クレーが好き」な穂積絵莉(橋本総業)は、日本にいるコーチの杉山愛から、「(スザンヌ)ランランは、そんなに大きく感じないよ」と助言を受けていたという。かつてこの地でダブルス頂点に立った杉山の言葉は、自然と心身に染み渡る。練習の時に「確かに、そこまで大きく感じない」と緊張感から解放された穂積の耳に、フェンスや客席に反響する乾いた打球音が、気持ち良く響いた。

“幸運のベンチ”で臨んだ準決勝

ストレートで準決勝に勝利した二人。史上初となる、日本人同士の女子ペアによるグランドスラム決勝進出を決めた 【写真:アフロ】

 前の試合を戦う男子ダブルス選手たちがコートへと入った頃、穂積と二宮はコーチを交えて、作戦の最終確認を行う。
 ボレーを得意とするチャン・ハオチン(チャイニーズ・タイペイ)、ヤン・ザオシャン(中国)組の武器を封じるためにも、ロブ(相手の後方に落とす、高く山なりなショット)を効果的に用いながら、相手陣形を崩していく――。
 それらを言葉に出し確認することで、考えが整理され、やるべきことが明確化された。簡単なことではあるが、コートで窮状に陥った時、このような意識の共有が生きることを、二人は良く知っている。

 前の試合が終わり、スタジアムの回廊を抜け準決勝の戦いが待つコートへ歩みを進めると、穂積は迷わず、審判台の左側のベンチを選んだ。そこは今大会、いつも二人に勝利をもたらしてくれた幸運のサイドである。しかも直前の男子ダブルスで、勝ったチームが座っていたベンチでもあった。大会中、常に同じ洗面台を使うほどに験を担ぐ穂積には、それは良いサインである。特にこだわりのない二宮にしてみても、穂積が望むベンチに座れたという一点において、やはりそれは良い兆候だった。

ゲームメークに攻撃に ロブを生かした戦略

 両チームともに、ポイントを落とさずサービスキープする静かな立ち上がりとなった一戦が、大きく動いたのが相手サーブの第3ゲーム。日本ペアは両選手とも、後衛からストレートに叩き込む早い仕掛けで、相手を見事出し抜いた。続くゲームではチャン、ヤン組も前掛かりに攻めてくるが、そうなればロブで前衛を巧みにかわし、相手の気迫と勢いをかわしてみせた。
 このセット最後のポイントも、コーナーギリギリに決まる二宮の高速ロブ。日本の二人が6−2で、第1セットを颯爽(さっそう)と奪った。

 第2セットも、日本ペアが第3ゲームをブレークするが、相手の果敢なネットプレーに圧力を受け、次のゲームでブレークを許す。しかし続くゲームでは、穂積のリターンウイナーを機に日本ペアが再びブレーク。さらにゲームカウント4−2の相手サーブでは、ブレークポイントで豪快にクロスウイナーを叩き込んだ穂積が、勝利を確信したように右手を天に突き上げた。

 そうして二宮のサーブで迎えた、3度目のマッチポイント――。
 後衛で構える二宮の目に、相手前衛のヤンが、ストレートのコースを切るため動く姿が目に入った。その裏をかくように二宮がクロスへと放ったロブは、鋭く美しい放物線をパリの空に描きながら、無人のコーナーへと刺さる。後衛のチャンが追うのを諦めうなだれる様を見た時、二宮は「あー、入った……」と、まずは安堵(あんど)に身を浸す。その彼女が喜びを全身で表現したのは、飛び跳ねながら駆け寄る穂積と抱き合った時だった。

次は決勝戦 憧れのセンターコートへ

試合後の会見の臨む穂積(左)と二宮。決勝では、大会第6シードのチェコ人ペアと対戦する 【写真:アフロ】

 今大会、試合を重ねるたびに「感覚が似てきた」(穂積)「穂積さんのプレーのタイミングが分かってきた」(二宮)という二人は、日本人同士のペアとして初のグランドスラム決勝進出の歴史を、コート・スザンヌ・ランランの赤土に刻んだ。

 だが大会中にも成長を続ける二人は、ここで足を止めるつもりはない。

 二宮が「テニスを始めた頃から立ちたいと思っていた」憧れの場であり、穂積にとっては、急きょ日本から駆けつける母親に「プレーする自分の姿を見せられるのがうれしい」夢舞台のセンターコートで、世界の頂点を取りに行く。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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