イチローが選手登録を外れてから1カ月 来季を視野に、変わらず妥協なく

丹羽政善

選手登録を外れても変わらぬ動きを見せているイチロー 【Getty Images】

 5月29日(現地時間)のこと。チームの全体練習が始まる30分以上も前から、レンジャーズの新人内野手のアイザイア・カイナー-ファレファは、ダグアウトに座ってマリナーズの練習を見ていた。

 イチローの打撃練習が始まると、最前列に身を乗り出す。おばあちゃんが戦前に広島からハワイに移住してきたという、日本の血を受け継ぐ彼は言った。

「これを待ってたんだ」

 イチローの打撃練習を?

「そう。ずっと彼の打撃練習を見たかったんだ」

 決してこの日が、初めてというわけではなかった。

「初めてイチローの打撃練習を見たのは12年ぐらい前かな。11歳のとき、(野球殿堂がある)クーパーズタウンで行われた試合に出る機会があったんだ。ヤンキー・スタジアムに寄ったら、相手がマリナーズだった。そのとき、イチローの打撃練習を見た」

 どうだった、そのときは?

「ほとんどがオーバーフェンスだった(笑)」

 それはおそらく、いまも変わらない。

 先日、打撃練習とはいえ、6本連続でスタンドに運び、周りにいたチームメートがはやし立てた。「やるなぁ、会長付特別補佐!」とでも言わんばかりに。

 球拾いを兼ねた守備練習でも、イチローは魅せる。客が入り始めると、背面キャッチで沸かせ、先日は、ライトスタンドに入りそうな打球をジャンプしてもぎ取った。

 選手登録を外れた5月3日の会見でイチローは、「(実際の)選手より、いい動きするなよとか、そういうのは出るかもしれない。それはちょっと心配ですけど」と話したが、実際、運動量でも他を圧倒している。

 ずっと練習を見ていたカイナー-ファレファから、「今季は復帰できないのか?」と聞かれたが、そんな見方が出るのも当然だろう。

 しかも、枠が空いていたのである。

登録を外れたあと、カノとゴードンが離脱

 イチローが選手登録枠を外れた10日後の13日、ロビンソン・カノが死球によって右手小指を骨折すると、2日後に禁止薬物の使用で80試合の出場停止処分が下った。

 そこでマリナーズは、マーリンズ時代にセカンドを守っていたディー・ゴードンをコンバート。センターには控え外野手だったギレルモ・エレディアを起用する方針を固めた。
 伴って、第4の外野手が不在に。

 その時点では、昨年9月、タイガース時代に1試合で全ポジションを守ったスーパーユーティリティのアンドルー・ロマインを外野の控えとしたが、本来は内野手。22日、ゴードンが右足の親指を骨折して故障者リストに入ると、ロマインを内野の控えに回し、マイナーから外野手のジョン・アンドレオリを昇格させた。

 もしこのとき、イチローがいたら?

 イチローがロースターを外れて間もなく、5人の外野手がいた4月終わりとは状況が一変した。

 その後マリナーズは、レイズからデナード・スパンをトレードで獲得したが、彼の来季の契約(1200万ドル/約13億円)を破棄する場合(その方向)、400万ドル(約4.4億円)の違約金の支払が生じる。今季の正確な負担分は明らかではないが、合わせれば1000万ドル(約11億円)近い。その支払いは、仮にイチローを残していれば必要のなかったものだ。

 このトレードの本命はクローザーもできるアレックス・コロメであり、半ば不良債権を抱き合わせで押し付けられた形だが、高くついた。もちろん、出場停止期間中はカノに給料を支払う必要はないので、その分で補填できるが――。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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