「サッカーの母国」を変えたベンゲル 感謝と愛に満ちたアーセナルでの最後の日
22年に及ぶ長期政権にピリオドを打つ
22年の長期政権にピリオドを打ったアーセナルのアーセン・ベンゲル監督 【Getty Images】
ベンゲル監督にとって、5月13日(現地時間、以下同)に行われたプレミアリーグ最終節、ハダーズフィールド戦がアーセナルでのラストマッチとなった。欧州チャンピオンズリーグ(CL)出場圏外の6位でフィニッシュすることが決まっていたものの、フランス人指揮官の勇姿を一目見ようとアウェースタンドは満員のサポーターで膨れ上がった。
試合前、ベンゲル監督はベンチからゴール裏に陣取るサポーターたちの下まで歩み寄り、深々とお辞儀。直線距離にしてロンドンから約265キロも離れたアウェーの地に駆けつけたファンに感謝の気持ちを示した。対するサポーターも「メルシィ・アーセン」と感謝のボードを掲げて拍手で指揮官に応えた。
この最終戦に限ったことでなく、4月20日に突如なされた退任発表から、アーセナル界隈は惜別ムード一色に包まれた。近年は成績不振とチームに蔓延する停滞感から退任要求が高まっていたが、退任が正式に発表されると、サポーターたちのフラストレーションは感謝の念と尊敬のまなざしに変わった。特に、今季のホーム最終戦となった6日のバーンリー戦は、アーセナルサポーターの心に深く刻まれる感傷的な1日となった。
本拠地エミレーツスタジアムには「メルシィ・アーセン」の巨大メッセージが掲げられた 【田嶋コウスケ】
キックオフ後も、熱気は一向に冷めない。前半2分には、早くもスタンドから「There's Only One Arsene Wenger(アーセン・ベンゲルは唯一無二)」のチャントが沸き起った。指揮官に花を持たせようと選手たちも奮起し、5−0の大勝でホーム最終戦に華を添えた。試合の後半、敵軍のバーンリーサポーターまでもが、ベンゲル監督をたたえるチャントで労をねぎらったのも印象的だった。
ベンゲルが最後のスピーチで発した言葉
試合後には送別セレモニーが行われ、現スカッドのみならず、新旧の愛弟子たちが勢ぞろいした 【写真:ロイター/アフロ】
「これほどの長い期間、私とともに歩んできてくれてありがとう。簡単なことではなかったのは、私も分かっています。しかし、皆さんと同じように、私もひとりのアーセナルファンです。これは単にサッカーを見ること以上のもの、つまり、人生のあり方だと思います。美しいサッカーを愛し、われわれの大事な価値観を大切にする。その思いがわれわれの全身、全細胞に流れている。不安や絶望に駆られても、ここに来れば『夢の劇場』の意味を見いだすことができたはずです。
最後は、シンプルな言葉で締めくくりたい。あなた方に会えなくなり、寂しいです。人生の中でこれほど大事な時間を過ごせたことを、皆さんに感謝したい。ありがとう。さようなら」
スピーチの途中、記者席近くに陣取るファンに目をやると、目頭をおさえる初老の男性や、空を見上げて何かを想うサポーターの姿があった。
ベンゲル監督は最後のスピーチで、ファンに対し「あなた方に会えなくなり、寂しい」と素直な思いを口にした 【Getty Images】
しかし、旧本拠地ハイバリー・スタジアムに別れを告げ、06年にエミレーツ・スタジアムに移転してからは、スタジアム建設に伴う巨額負債の影響も重なり成績は下降線を辿っていく。
昨シーズンは、プレミアリーグを5位で終えてCL出場権を逃した。そして、今シーズンはベンゲル政権で過去最低の6位──。03−04シーズンを最後にリーグ優勝から遠ざかり、サポーターの間では「諦めムード」が漂った。特に今年度はシーズンチケット所有者の契約更新も、著しく滞っていたという。こうしたアップダウンを、サポーターたちは目の当たりにしてきた。苦楽を共にしてきたからこそ、ベンゲルの言葉に心打たれたのだろう。