男、40歳。フルキチに迷いはない テイエムジンソクと挑む21年ぶりGI制覇

山本智行

どん底も見た騎手人生、人とのつながりを大切に

どん底も見た騎手人生だったが、23年目の今年、2月4日のGIIIきさらぎ賞をサトノフェイバー(左)で勝利し早くも重賞2勝目を飾った 【写真:有田徹】

 振り返ると、ここまでは山あり、谷ありの騎手人生だった。いや、どん底を見たときもあった。96年に“名門”長浜博之厩舎からデビュー。初勝利は6月22日と福永祐一、和田竜二らがいる“花の12期生”では最も遅かったが、GI勝利は同期最速。ただ、その後は勝ち星が伸びず、特に2000年からの7年間では1ケタ勝利が6回。「もういいかな、と思うときがなかったわけでもないんですよ」。しかし、そこは小学3年生まで南国宮崎の太陽をいっぱいに浴びて育ったおかげか、マイナス志向になることはなかった。

 人にも恵まれた。長浜厩舎では馬乗りとしての基礎を学んだ。成績が上がらないときは、武田博師、山本正司師ら人情派のサポートがあった。関東の“大御所”藤沢和雄師からも声を掛けてもらい、美浦トレセンに出向いてもいる。

「実際問題、勝てていないジョッキーは乗せづらいでしょう。でも、見てくれる人はちゃんと見てくれていた。藤沢先生からは“暇だったらゴルフでもしに来い”って。いかにも藤沢先生らしい。でも、そのおかげで関東にも人脈が広がっていきました」

人とのつながりを大切にしてきたからこそ、40歳での再ブレイクがある 【写真:有田徹】

 実際7勝を挙げている今季(2月12日現在)、東西29厩舎から依頼を受け、関東7厩舎からも声を掛けられている。そんな古川を同期も頼もしくみていた。97年の阪神3歳牝馬S。2着キュンティアの鞍上でもあった高橋亮師は「アイツは芯が強い。マイペースでスタンスを変えない。腐らず夏の北海道でもコツコツやって来たからいまがある」とエール。同じく同期でホース・コラボレーターの細江純子さんは競馬学校時代を「スポーツ万能で度胸があった」と振り返り「古川君はいまでも火曜から金曜まで調教に乗って陣営と話し合うスタイルを続けている。クセ馬に対する経験値も高いし、つくり手の気持ちも分かるのが強み。外国人騎手に対抗していくには、このようにつながりを大切にするのもひとつの道では」と話す。

好調の裏には内助の功も

 きさらぎ賞のレース後には、南井師との間でこんな微笑ましい場面があった。ミルコ・デムーロ騎乗のグローリーヴェイズとの火花散るデッドヒートを制した直後に「大きなハナ差」とさぞかし喜んでいると思ったら2人の話題は、その日の3R新馬戦だった。

「これでさっきのは帳消しやな」と南井師に突っ込まれ「ええっ!? こっちが不利受けたんですよ」と驚く古川。「あんなところにいるからじゃないか」と理不尽な言葉をかぶされた古川は「ええ、まぁ、はい」としぶしぶ納得するふりをしていた。

きさらぎ賞後には同じく苦労人騎手だった南井師(左)との間で微笑ましいやり取りもあった 【提供:山本智行】

 その南井師と言えば80年代後半から90年代にかけてのスター騎手。しかし、初のGIが35歳だった88年、タマモクロスによる天皇賞・春だったようにどちらかと言えば遅咲きだった。不遇の時代も経験しており、そのあたりは心が通い合うのだろう。09年、古川が再び存在感をアピールするきっかけにもなるGIIIクイーンS。勝ち馬のピエナビーナスは南井厩舎の管理馬でもあった。

 もちろん、好調の裏には内助の功も忘れてはいけない。10年に函館で挙式した妻・あゆみさん(30)の存在だ。「癒してもらい、励まされてます。料理も上手ですしね。競馬を知らないんですが、それがいいのかも」。おのろけはこのへんにして。草津、栗東、守山周辺での食べ歩きも楽しみのひとつとか。

 間もなくフェブラリーSのゲートイン。「楽しみしかない」。男、40歳。フルキチに迷いはない。

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著者プロフィール

山本智行

やまもと・ちこう。1964年岡山生まれ。スポーツ紙記者として競馬、プロ野球阪神・ソフトバンク、ゴルフ、ボクシング、アマ野球などを担当。各界に幅広い人脈を持つ。東京、大阪、福岡でレース部長。趣味は旅打ち、映画鑑賞、観劇。B'zの稲葉とは中高の同級生。

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