Jリーグが進めたデジタル戦略と国際戦略 2017シーズンを村井チェアマンが振り返る

宇都宮徹壱
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提供:(公社)日本プロサッカーリーグ

PUB REPORTから振り返る17年のJリーグをインタビュー後編では、デジタル戦略と国際戦略の手応えを語ってもらった 【宇都宮徹壱】

 新しいシーズンを迎える前に、2017年のJリーグをPUB REPORTから振り返る、村井満チェアマンへのインタビュー。今回はその後編をお送りする。前編では、昨シーズンの2大改革であるJ1の1ステージ制復活、そしてDAZN導入についてチェアマンに振り返っていただいた。後編は、17年におけるJリーグのデジタル戦略、そして国際戦略をテーマにお話をうかがった。

 デジタル戦略と国際戦略は、どちらも17年からスタートしたものではない。前者は村井チェアマン就任後の15年から、後者はアジア戦略がスタートした12年から、継続して取り組んできたものである。よって今回は「進捗報告」ということになる。

 もっとも17年は、いくつかエポック的なチャレンジをJリーグは行っている。あまり表に出ていない話題もあるので、ファンにしてみれば新鮮な驚きもあるだろう。そしてJリーグのさらなる成長と発展を考える上で、デジタル戦略と国際戦略が重要な両輪であることを再確認できるはずだ。

 なお前編同様、今回のインタビューに同席したデロイト トーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、デロイト)スポーツビジネスグループの木下喬任さんのコメントを「デロイトの見方」という形で掲載している。チェアマンの発言の「答え合わせ」として、参考にしていただければ幸いである。

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共通基盤の次に行ったアプリ開発

川崎が優勝した際にシャーレの代わりに掲げた風呂桶は、ECサイトでも購入できるようになった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

──1リーグ制の復活、DAZNエフェクトと来て、次はJリーグのデジタル戦略についてお話をうかがいたいと思います。デジタル技術の活用については、15年くらいからJリーグは取り組んでいると理解しているのですが、昨年の成果について村井さんはどうお考えでしょうか?

 チェアマンに就任してから、J1からJ3すべてのクラブを回っているのですが、クラブの社長が共通して悩んでいたのがデジタルへの投資でした。それならば重複するのももったいないので、「裏側の共通基盤をJリーグで作りましょう」と提案したら、皆さん合意してくれたという経緯があります。

 その基本プラットフォームに加えて、昨年は「Club J.LEAGUE」というアプリを開発しました。チケットやECにも対応していて、自分のお気に入りのクラブのニュースが入るとすぐに知らせてくれる機能もある。実はこのアプリは、(Jリーグのタイトルパートナーである)明治安田生命さんが一緒に開発してくださいました。

──そうなのですか? それって単なるスポンサーの枠を越えていますね。

 そうなんですよ。看板を掲出したり、どれだけ社名を露出するかだけではなく、「Jリーグの理念に沿って、こんなことができたらいいよね」ということを、われわれと一緒になって考えてくれました。それだけでなく、去年は約27万人の職員の皆様をJリーグに連れてきてくださったり、130回以上もサッカー教室やフットサル大会を全国で開催してくださったんですね。Jリーグに新しい視聴環境をもたらしてくださったパフォーム・グループさんや、長年リーグカップ戦を支えてくださっているヤマザキビスケットさんもそうですが、われわれは本当に素晴らしいパートナーに恵まれているんだなと思います。

──それともうひとつ、昨年は楽天と組んで、Jリーグオンラインストアを立ち上げました。こちらについてはいかがでしょうか?

 われわれが物販をする場合、倉庫や配送センターを持っていませんし、カードや現金決済ができるシステムもありません。それを今回、楽天市場の仕組みをまるごとJリーグオンラインストアとして組み立ててくださり、楽天さんの社員を常駐していただけるようになりました。川崎フロンターレが優勝したときにシャーレの代わりに掲げた風呂桶も、このサービスのおかげでかなり売れたみたいです。本来、スタジアムやショップで購入していたのが、ECでも買えるようになった。これもまた、パートナーさんに支えられて実現できたことなんです。

【デロイトトーマツの見方】
 チェアマンがおっしゃった川崎の風呂桶が端的な例ですが、ホットな話題になっているうちに迅速に商品を届けられるようになったのは大きいですね。今の時代、消費者のニーズを後から分析していては遅いですよね。瞬時にニーズを把握して、すぐにお客様にリーチしていく現在進行形のモデルでないと勝てません。これからは、ディープマイニングやAIを使った手法が発展しますので、そのうち、将来を予測したビジネスモデルになってくるかもしれませんが、それはさておき、Jリーグが「デジタルをやるぞ!」とスタートさせたのは15年からですが、それを考えるとここまではスピード感もって、順調に進んでいる印象を受けます。

 それと、デジタル技術はお客様に近づくだけでなく、最後はお客様を楽しませなければいけないと思います。Jリーグのデジタル戦略の次のフェーズが「顧客体験の向上」ということになっていますので、今年はどんな変化があるのか期待したいと思います。

会話で社内の情報流通の速度を上げた

──ここ数年、Jリーグは積極的にIT化とデジタルの取り組みを続けています。ただ、時代の最先端を行っているというよりも、どちらかというと懸命に時代の流れに追いつこうと努力しているように感じるのですが、いかがでしょうか?

(時代の)流れというものがあって、目に見えているものだけを追いかけていたら、絶対に追いつかないんですよね。それに、われわれはデジタル音痴であるという自覚もあります。ですからまず、働く環境を思い切って変えました。

 今年からオフィスをフリーアドレスにして、チェアマン室もなくしました。だから私は毎日、座る席が違います。しかも今のオフィスには、協業パートナー企業従業員の方も何名かオフィスに常駐していただいているので、私も職員もオフィスにいるだけで、自分の担当領域以外のさまざまな人や仕事に触れることになる。私がチェアマン室に閉じこもっていたら、これだけ毎日たくさんの会話を交わすこともできないですよね。

──なるほど。昨年のJリーグの組織改革も、その延長線上にあったのでしょうか?

 あまり表に出していないですけれど、関連会社6社がそれぞれに本籍を持っていたのを、全員をホールディングへ本籍を移して、人事制度を統一しました。それまでは6人の社長がいて、6通りの人事制度があって、プロパー社員がいて、とある種タコつぼ状態でした。それを、法人制度を整備して、1つのホールディング籍のもと、1つの人事制度にし、さらに役員室も廃止。その上で、社外から来ていただいたエンジニアやコンサルタントの皆様とフロアを一緒にしました。みんなも最初は戸惑ったと思うのですが、今ではまったく普通に仕事をしていますね。

──こうした改革が、IT化やデジタルの取り組みと密接に関連しているのが興味深いですね。技術革新に追いつくために、まずは組織から変えていこうという。

 結局のところ「デジタル」といっても、今まで話したことのない人とのコミュニケーションを劇的に変えていくことしか、理解したり活用したりできる道はないんですよ。今の社会は何が起こるか分からないので、とにかく社内での情報の流通速度を上げていくしかない。「ちょっとこんなことをやってみたんだけれど、どうかな」と誰かが言えば、「世界で誰もやっていないから、ちょっとやってみるか」と誰かが応える。そうした会話が増えていくことが、組織の意思決定や実行スピードを上げていくことなのだと考えます。

【デロイトトーマツの見方】
 デジタルというのは単にマーケティングだけの話ではなくて、Jリーグの戦略でいう育成やスタジアムにも当然に関わってきますし、もちろん財政基盤や国際戦略にも関係してくる話になります。それが、組織の壁に阻まれて、一部の人だけのナレッジにとどまってしまっては、世の中からどんどん離されてしまいます。それを、伝統あるチェアマン室をなくしオフィスをオープンにすることで、そもそも物理的な壁を取り払ったのはすごいですね。

 これからは、デジタルから育成へナレッジが流れるだけではなく、反対に育成からもデジタルにいろいろな情報が流れるようになって、次々と、いろいろな方向からイノベーションが起こるようになるといいですね。それにしてもJリーグの場合、組織やオフィス環境を変えていくスピード感が尋常ではないですね。普通の企業では、なかなかできないことだと思います。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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