酒井宏樹、マルセイユでの2年目の挑戦 ライバルとの競争や早期交代もプラスに

木村かや子

レンヌ戦で起こった酒井の早期交代の謎

レンヌ戦での早期交代後も「監督の決断はすべてリスペクトしている」と酒井はコメントした(写真は今季のもの) 【木村かや子】

 ここで少し、マルセイユのチーム状況を説明しておこう。シーズン中にオーナーや監督が変わった昨シーズンと比べると、今季のマルセイユはより順調に歩を進めている。ボール奪回能力だけでなく、パスセンスやひらめきのある元バイエルン・ミュンヘンの守備的MFルイス・グスタボを軸にした4−2−3−1が定着。より攻守のバランスの取れたチームとなり、ランキング的にも前半戦を終えてパリ・サンジェルマン、モナコ、リヨンにつぐ4位と、常に上位グループに張り付いている。

 それでも、出だしにはつまづきもあった。勝って当然と思われていた第3節、ホームでのアンジェ戦で引き分け、第4節のモナコ戦で1−6と惨敗。続く第5節で不調だったはずのレンヌにホームで1−3と土をつけられたとき、ファンの怒りは爆発した。そしてこのレンヌ戦で、酒井が前半38分に交代させられたことが、その後、数週間もメディアを騒がせることになるのである。

 酒井本人は「なぜ交代したのかは分からないが、監督の決断はすべてリスペクトしている。次の試合でよりいいプレーするよう頑張るだけ」と模範的な答えをしたが、翌日の『レキップ』紙は失点が逆サイドのDFの不出来のせいだったことを強調し、「特にシャープではなかったが、悪くもなかった不運な酒井は、38分にサールと交代させられるという、ガルシアの『驚きの采配』の犠牲となった」と皮肉を込めて書いた。

 レンヌ戦後、酒井を変えた理由を聞かれたガルシア監督は「対面FWの対処に苦労しているように見えたから」と語っていたが、その2日後の会見では「代表戦で疲れているようだったから」と発言を変えている。理由がコロコロ変わるというのは、その理由が事実でない証拠。要はある種の判断ミスで、状況的にやや矛盾の生じた計画を遂行してしまったということなのだろう。

 そもそもこのレンヌ戦では、代表戦での長旅から戻ったばかりの酒井ではなく、サールが先発すると予想した者も多く、特にサールを引き留める条件として、それなりの試合数を約束していたガルシア監督は、後半にサールを使うことを、あらかじめ意図していたはずだ。モナコ戦での大敗後だったこともあり、まずは安全を期して酒井を入れ、リードしたらサールを投入と考えていたところ、すぐに0−2とされてしまったため、攻撃力を上げる目的で、直ちにサールを投入。しかし目立って悪かったDF2人が逆サイドのポジションだったため、酒井の退出は見る者の目に異様に映った。

 思いの外、尾を引く反響を呼んだこの一件だが、酒井にとってはあながち悪い出来事ではなかった。気にしていないふうを装いつつ、実は引っかかっていたらしい酒井は、数日後のELの試合で惜しくもシュートを決め損ねた後、「前の試合で早く代えられたので、今回はしっかり結果を出したかった」と悔しがった。そして続くアミアン戦で今季初のアシストを記録。どうやらレンヌ戦での早期交代が、奮起を促す起爆剤となったようなのである。

「常に向上心を持って、目の前の試合に集中していきたい」

熱狂的なサポーターのいるホームで出場できないジレンマを抱きながらも、酒井は「ポジティブな経験」とプラスにとらえている 【木村かや子】

 11月末、酒井は川島永嗣を擁するメスとのアウェーマッチで、今季2本目のアシストを記録。『レキップ』紙の採点で今季初となる7点を獲得し、その週の同紙週刊ベストイレブンにも選ばれた。山あり谷ありながら、ほぼ順調なマルセイユと酒井ではあるが、今のジレンマは、サールとの交代ゆえに、ホームマッチになかなか出られないことだ。サールはより攻撃的、酒井はより守備が堅固という認識があるため、快勝できそうな弱小相手のホームマッチにはサール、より守備的に戦うアウェーの(特に強豪相手との)試合では酒井、という起用がパターン化している。

 11月の時点では「アウェーですごくいいプレーをしても全然盛り上がらないけれど、ホームだとやはりモチベーションが上がる。家族も見にきているし、やはりホームで試合に出たい気持ちはあるけれど、そこは切り替えて、次の試合に100%で臨めるようにするだけ」と語っていた酒井。しかし年末には「チームの和のために、絶対に表には出さないけれど、やはりサッカー選手だから(ホームで出られないのは)少し悔しい」とも漏らしていた。その上で、「この感情を正しい形でコントロールできるようになれば、僕はもっといい選手になれるんじゃないかと思う」と酒井は言う。

「出られなくて悔しいなら、それをプラスの方向に変えて、自分を出せば良かったと思わせるようなプレーをすればいい。そこでマイナスの行動を起こすか、プラスの行動を起こすかの差が、1年の積み重ねでは大きな差になる。何が起きても自分にとってポジティブな経験なんだ、と考えながらプレーしなければいけない」

 目標に関しては「数字。新年に限らず、いつも目標は数字。結果を出すこと」と言う。
「アシストも、得点もそうだけれど、完封試合、試合数、1対1の勝率も含めて、数字になるものはすべて求めていきたい。僕は外国人選手であり、外国人枠を取っている以上、それをやらないと生き残れない」

 ワールドカップ(W杯)組み合わせ抽選会の後には、現地記者に本大会のことを聞かれることも多くなった。しかし、「マルセイユで全力を尽くした結果として得られるものがW杯でプラスになる」と考えているという酒井は「あまり先を見過ぎるのは好きではない」とも言う。

「半年先を見てしまうと、あっという間に足をすくわれる。常に気を引き締め、常に向上心を持って、目の前の試合に集中していきたい」──。ひとつの任務を遂行し終えてから、次の任務に集中する。これが酒井の主義のようだ。ひとつ確かなのは、酒井が常に危機感を持ち、全力で奮闘しているということである。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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