松井大輔、欧州再挑戦で直面する現実 「悩み、苦しみながら、一歩ずつ前に」

元川悦子

「技術はあくまでオプション」

松井は現在、経験のない3ボランチの左で使われている。また、選手たちはポーランド語しか話せず、コミュニケーションにも苦労している 【六川則夫】

 デビュー戦でのミスを取り返そうと、松井は必死にトレーニングに取り組んだが、選手たちはポーランド語しか話せず、なかなかコミュニケーションが円滑に運ばない。サッカースタイルもフィジカル色が強い。加えて、4−3−3のフォーメーションも松井にとっての新たな難題だった。

「中盤は3ボランチで、自分はその左で使われていますけれど、経験のないポジションなので非常に難しい。僕はトップ下をやるつもりだったけれど、今の欧州はトップ下を置かないのがスタンダード。3年間で環境が変わったと強く感じています。

 しかも、このチームの3ボランチは攻撃の組み立てよりも守備を重視される。前に行こうとすると『上がらなくていいから下がっていろ』と言われる(苦笑)。『自分が決まったゾーンを守る』という欧州の考え方も久しぶりで、戸惑いがありました。そうやって監督の言う通りに守ってばかりだと、得点チャンスは作れないし、自分の良さも出しにくい。どうやってチームのやり方に自分をフィットさせていくのかに、今は頭を悩ませています」

 そうなると、技術的に高く創造性に秀でている松井より、守備力や球際に長けた選手が結果的に選ばれることになる。実際、松井のポジションで試合に出ている選手は、運動量豊富で献身的に上下動を繰り返せるタイプだった。かつて松井が主戦場としていた左右のウイングも、長い距離を走ってドリブルで持ち上がれるハードワーク系。ティヒ戦の終盤は右サイドバックを本職する選手がウイングに配置されるほど、超守備的戦術を採っていた。

「こういうリーグに行けば、技術はあくまでオプションでしかない」と松井もコメントしていたが、海外に行けば、日本とは価値基準が異なることも少なくない。そこは日本サッカー界全体が再認識すべき点だ。

後半戦に向け、チャンスに備える

「いろいろ悩み、苦しみながら、一歩ずつ前に進めればいい」と松井は前向きに語る 【六川則夫】

「結局、2カ月近く試合から遠ざかる形になりましたが、そうなるとコンディションの維持がすごく難しい。若い時は試合に出なくても筋肉が落ちたりしないから、休んでいる方が体が軽かったりした。でも今は筋肉量が落ちるので、試合に出なかった後は筋トレをしたり、普段より多く走ったりして、補わないといけないですよね。セカンドチームに行って5部の試合に出ることもありました。この前も3ボランチで出たけれど、『俺は前へ行くから』とトップ下の位置を取ってガンガンやりました(笑)。今は本当に90分ゲームに飢えています」と松井は出場機会を熱望する。そのためにも、後半戦に向けて心身共にいい状態を作り上げることがまずは肝要だ。

 スメア監督も「マツはプレシーズンの合宿に参加しなかったから、コンディションがよくない。小さなけがも抱えていて、ベストの状態でプレーできていない。チームも好調でなかなか選手も替えづらかったのも確かだ。後半戦に向けて1月5日から始動するので、マツにはそこからフルパワーでやって、3月頭のウインターブレーク明けから活躍してほしい」と前向きに言う。

 前半戦を2位で折り返したオドラ・オポーレだけに、現在のメンバーが引き続きベースにはなるだろうが、松井自身が新たなチャンスを引き寄せる可能性はゼロではない。この3カ月間、ポーランド語の話せる通訳を何回か呼んで指揮官と話し合いの場を持った。これからはポーランド語学習にも着手し、監督や周囲とのコミュニケーションをより密にすることも考えていくという。そのうえで、冬の合宿を精力的にこなし、新たな一歩を踏み出すつもりだ。

「オドラ・オポーレは財政的に潤沢ではないので、合宿もトルコやスペインに行くわけではなくて、ポーランド国内で雪の上を走ったり、ハードな筋トレとかをやるらしい(苦笑)。雪が積もっていたトムスク時代を思い出して、自分を追い込むしかないですね。36歳の欧州再挑戦は決して簡単ではないし、厳しいけれど、こうやって海外でチャレンジできるのも家族やサポートしてくれる人たちのおかげ。自由に好きなことをやらせてもらっている分、頑張らないといけないと思います。

 それに、日本にいたら経験できないことをやれているだけでも、人としてプラスになる。いろいろ悩み、苦しみながら、一歩ずつ前に進めればいい。この現状もある程度、分かっていたこと。簡単にはいかないし、この苦しみを乗り越えないと成功はないから」

 松井は自分に言い聞かせるようにこう語っていた。オドラ・オポーレとの契約は18年夏まで。残された期間で彼は自分の力を示し、ポーランド2部でインパクトを残せるのか。日本人選手の中で最も欧州経験豊富なベテランに、今こそ底力を見せてほしいものだ。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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