低迷するサンテティエンヌで奮闘する松井大輔
騒然としたサンテティエンヌの周辺
シーズン途中でチームを去ったファインドゥノ(右)。チームの要の穴を埋めることが松井には期待されている 【Photo:PanoramiC/アフロ】
しかし、さすが2シーズン連続でリーグのベスト・サポーターに選ばれたサンテティエンヌ・ファンだけあって、それは罵倒(ばとう)というより怖い口調の“激励”だった。7、8時間かけてアウエーマッチの応援にやってきたというのに、今季リーグでまだ1度も勝っていなかった2部最下位のチーム、ギャンガンに、「リーグカップのタイトルは目標の1つ」などと言っていたサンテティエンヌが1−4というスコアで負けたのだから、まあファンが多少怒るのも無理はない。
ル・マンでは、チームがまったく情けない形で負けた後にも、ファンたちは笑顔で拍手を送っていた(どちらかというと、こんなタイプの方がフランスでは希少だ)。優しいル・マンのファンに慣れていた松井は、「ファンも怒ってるし……怖い怖い」と肩をすくませていた。だがよく聞けば、バスに向けて投げ掛けているコーラスは、「僕らはサポーターを喜ばせるチームが欲しい」という、もっともなものであった。
ところで、この試合のサンテティエンヌは、いつになく歯車が合っていなかった。調子のいいときのチームは、ショートパスをワンツーで回しながら素早く敵ゴールに迫っていく。だが、この日はメンバーがかなり入れ替わっていたこともあって、まったく息が合わず、パスをすれば後ろに逃し、タイミングはずれてばかり。松井が印象的なプレーをできなかったことは事実だが、ワンツーを仕掛けようとしても誰もついてこないわ、ドリブルで上がってセンタリングを上げようとしても誰も中央に入ってこないわで、やや気の毒な状態だった。
ワンパターンの攻撃が読まれ、今季は低迷
「調子がいいときにはボールが回るけど、だめなときにはゴミスにばかりにボールを集めるパターンになる」と、松井は状況を説明する。そのワンパターンを知っている対戦チームは、ゴミスの周りにDFをときに3人もつけるのだ。そのせいもあって、今季は第7節終了時点で、このエースストライカーのリーグ1での得点数はゼロ。入団早々、松井はローラン・ルセイ監督の戦略を「ゴミスとファインドゥノ頼み」と表現していた。それなのに昨季は得点ランキング3位のエースが今季ノーゴールでは、サンテティエンヌが一時降格ゾーンにまで落ち込んだのも不思議ではなかった(現在は15位)。
ギニア代表のファインドゥノは、元来敵にとって怖い天才肌の選手なのだが、今季はUEFAカップを除いて、どうも気合いが入っていなかった。それもそのはず、彼はカタールのアル・サードへの移籍話に心どこへやらの状態。後日談だが、ファインドゥノは会長の顔を見るたびに、アル・サードと同等の給料を出さなければ移籍すると脅し続けていたという。こうして彼は9月22日に勝手にカタールに行って、契約書にサインしてしまったのだ。「(8月31日の)対リヨン戦での統計を見たら、彼はいつもの30%しか走っていなかった。彼はもはや真のパスカルではなかった。こんな様子では仕方がない」とあきらめた幹部は、27日に遅ればせながら譲渡に同意したのだった。
パスかドリブルか? ルセイ監督の主義は「選手の自由」
「このチームの、特に中盤の持ち味はワンツーを主体とした素早いパス回し。サイドをドリブルで上がってクロスというようなパターンはあまり使っていないようなので、ドリブルでいっていいものかどうか迷ってしまった。もうちょっと行けるところは仕掛けていくべきだったかなと、今は少し後悔している」
それもそのはず、この時点での松井は、まだルセイ監督と何の話し合いもしていなかったのだ。そしてこのルセイ監督が、われわれ記者陣の目から見れば、第二の問題児なのである。
ルセイ監督は、選手に「自分のイマジネーションを大切にして自由にやれ」と言うタイプ。それでも普通、選手を投入する際には何か意図があるはずで、リバプールのベニテス監督などは良くつばを飛ばして途中投入の選手にやるべきことや仲間に伝える指示を説明している。しかしリーグ戦第1節の後に松井が語ったところによれば、「(交代で入ったときに)監督から何も指示はなかった。何も言わない人なので」。第2節の後には「今日も指示はないよ。昨日の朝のミーティングで守備に関しての指示はあったけど。ペナルティーエリアより前は何でもいいと」。こんな具合なので、見ている者としては「そんなんで大丈夫か?」と内心不安になった。
うわさによれば、ルセイ監督はユーロ(欧州選手権)2008に招集されて有名になったフランス代表FWのゴミスを溺愛(できあい)しているようだ。第2節でチームの情けなさを叱咤した翌日には、ほかの選手をアシスタントコーチに任せ、ゴールの出ないゴミスに自ら手投げでボールを出しつつ、“愛のプライベートレッスン”を行っていたのだという。今季のゴミスはチャンスの場面で異様にミスをしているが、監督の「ゴミス頼み」の姿勢は揺るがない。しかしもちろん、問題はゴミスの調子だけではなかった。