低迷するサンテティエンヌで奮闘する松井大輔

木村かや子

騒然としたサンテティエンヌの周辺

シーズン途中でチームを去ったファインドゥノ(右)。チームの要の穴を埋めることが松井には期待されている 【Photo:PanoramiC/アフロ】

 松井大輔の所属するサンテティエンヌが9月24日、アウエーでのリーグカップで大敗を喫した直後のこと。2部リーグのギャンガンに負けた後、ルセイ監督がミックスゾーン(取材エリア)に来ることを選手に禁じたというので、選手バスの止めてあるエリアで松井を待っていると、怒ったサンテティエンヌ・ファンの大群が押し寄せ、一般人とバスを隔てる金網をつかんで大声で選手に怒鳴り始めた。松井とポジションを争うライバルでもある責任感に満ちたジェフリー・デルニスが、「デルニス、デルニス!」と呼びつけられ、ファンと話すため果敢に金網に寄っていったものだから、サポーターは余計に興奮。係員が選手を金網から引き離そうとし、追加の警備員も駆け付けて、一時は騒然としたムードになった。

 しかし、さすが2シーズン連続でリーグのベスト・サポーターに選ばれたサンテティエンヌ・ファンだけあって、それは罵倒(ばとう)というより怖い口調の“激励”だった。7、8時間かけてアウエーマッチの応援にやってきたというのに、今季リーグでまだ1度も勝っていなかった2部最下位のチーム、ギャンガンに、「リーグカップのタイトルは目標の1つ」などと言っていたサンテティエンヌが1−4というスコアで負けたのだから、まあファンが多少怒るのも無理はない。
 ル・マンでは、チームがまったく情けない形で負けた後にも、ファンたちは笑顔で拍手を送っていた(どちらかというと、こんなタイプの方がフランスでは希少だ)。優しいル・マンのファンに慣れていた松井は、「ファンも怒ってるし……怖い怖い」と肩をすくませていた。だがよく聞けば、バスに向けて投げ掛けているコーラスは、「僕らはサポーターを喜ばせるチームが欲しい」という、もっともなものであった。

 ところで、この試合のサンテティエンヌは、いつになく歯車が合っていなかった。調子のいいときのチームは、ショートパスをワンツーで回しながら素早く敵ゴールに迫っていく。だが、この日はメンバーがかなり入れ替わっていたこともあって、まったく息が合わず、パスをすれば後ろに逃し、タイミングはずれてばかり。松井が印象的なプレーをできなかったことは事実だが、ワンツーを仕掛けようとしても誰もついてこないわ、ドリブルで上がってセンタリングを上げようとしても誰も中央に入ってこないわで、やや気の毒な状態だった。

ワンパターンの攻撃が読まれ、今季は低迷

 ここまでのサンテティエンヌの基本陣形は、ワントップの背後にゲームメーカーをつけた4−2−3−1。トップ下につくパスカル・ファインドゥノのセンターからの切り込みと、トップのバフェティンビ・ゴミスの得点力を武器とするこのチームには、いくつかの問題がある。まず、攻撃が中央と右サイドに偏っており、すでにリーグ1のチームにはパターンを読まれていること。松井は大概左サイドに置かれるのだが、松井が出ていなくても同じパターンなので、別に松井が干されているわけではない。

「調子がいいときにはボールが回るけど、だめなときにはゴミスにばかりにボールを集めるパターンになる」と、松井は状況を説明する。そのワンパターンを知っている対戦チームは、ゴミスの周りにDFをときに3人もつけるのだ。そのせいもあって、今季は第7節終了時点で、このエースストライカーのリーグ1での得点数はゼロ。入団早々、松井はローラン・ルセイ監督の戦略を「ゴミスとファインドゥノ頼み」と表現していた。それなのに昨季は得点ランキング3位のエースが今季ノーゴールでは、サンテティエンヌが一時降格ゾーンにまで落ち込んだのも不思議ではなかった(現在は15位)。

 ギニア代表のファインドゥノは、元来敵にとって怖い天才肌の選手なのだが、今季はUEFAカップを除いて、どうも気合いが入っていなかった。それもそのはず、彼はカタールのアル・サードへの移籍話に心どこへやらの状態。後日談だが、ファインドゥノは会長の顔を見るたびに、アル・サードと同等の給料を出さなければ移籍すると脅し続けていたという。こうして彼は9月22日に勝手にカタールに行って、契約書にサインしてしまったのだ。「(8月31日の)対リヨン戦での統計を見たら、彼はいつもの30%しか走っていなかった。彼はもはや真のパスカルではなかった。こんな様子では仕方がない」とあきらめた幹部は、27日に遅ればせながら譲渡に同意したのだった。

パスかドリブルか? ルセイ監督の主義は「選手の自由」

 このような落ち着かない状態のチームにあって、今季からサンテティエンヌに加入した松井は、自分らしさを出すべく暗中模索していた。最初の1、2試合を終えて、松井はこう漏らしている。
「このチームの、特に中盤の持ち味はワンツーを主体とした素早いパス回し。サイドをドリブルで上がってクロスというようなパターンはあまり使っていないようなので、ドリブルでいっていいものかどうか迷ってしまった。もうちょっと行けるところは仕掛けていくべきだったかなと、今は少し後悔している」
 それもそのはず、この時点での松井は、まだルセイ監督と何の話し合いもしていなかったのだ。そしてこのルセイ監督が、われわれ記者陣の目から見れば、第二の問題児なのである。

 ルセイ監督は、選手に「自分のイマジネーションを大切にして自由にやれ」と言うタイプ。それでも普通、選手を投入する際には何か意図があるはずで、リバプールのベニテス監督などは良くつばを飛ばして途中投入の選手にやるべきことや仲間に伝える指示を説明している。しかしリーグ戦第1節の後に松井が語ったところによれば、「(交代で入ったときに)監督から何も指示はなかった。何も言わない人なので」。第2節の後には「今日も指示はないよ。昨日の朝のミーティングで守備に関しての指示はあったけど。ペナルティーエリアより前は何でもいいと」。こんな具合なので、見ている者としては「そんなんで大丈夫か?」と内心不安になった。

 うわさによれば、ルセイ監督はユーロ(欧州選手権)2008に招集されて有名になったフランス代表FWのゴミスを溺愛(できあい)しているようだ。第2節でチームの情けなさを叱咤した翌日には、ほかの選手をアシスタントコーチに任せ、ゴールの出ないゴミスに自ら手投げでボールを出しつつ、“愛のプライベートレッスン”を行っていたのだという。今季のゴミスはチャンスの場面で異様にミスをしているが、監督の「ゴミス頼み」の姿勢は揺るがない。しかしもちろん、問題はゴミスの調子だけではなかった。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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