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松井大輔が語る欧州10年目の今
ポーランドで目指すトップ下の新境地開拓

新天地は港町の中堅クラブ

欧州10年目のシーズンをポーランドで過ごす松井大輔、現地での様子や、代表への思いを語ってもらった
欧州10年目のシーズンをポーランドで過ごす松井大輔、現地での様子や、代表への思いを語ってもらった【六川則夫】

 12−13シーズン、UEFAチャンピオンズリーグで準優勝したボルシア・ドルトムントで活躍するロベルト・レバンドフスキ、ヤクブ・ブワシュチコフスキ、ウカシュ・ピシュチェクのポーランドトリオを筆頭に、ポーランドサッカーの再躍進が注目されている。1974年の西ドイツ、82年スペインと2度のワールドカップ(W杯)で3位に入った古豪は再浮上の兆しを見せており、未来は非常に明るそうだ。


 同国でこの夏から新たなキャリアを踏み出したのが、元日本代表MF松井大輔だ。32歳になった彼が新天地として選んだのは、バルト海に面した港町・グダンスクにあるレヒア・グダンスク。ポーランド・エクストラクラサ(1部は16チームで構成)に所属する中堅クラブだ。近年の動向を見ると、07−08シーズンに2部から昇格し、この5年間は8〜13位あたりに位置している。松井という大物を補強した今季は5位圏内を目指しているが、第17節終了時点では4勝8分5敗の12位という苦境にあえいでいる。


「最初はスタートダッシュがすごくよくて、3〜5位くらいにつけてたけど、ちょうど自分が足首のケガで出られなかった10月末くらいから勝てなくなったんです。このチームは非常に若いチームで、左右いずれかのウイングに入るプジェミスワフ・フランコフスキやボランチのパベル・ダビドビッチが18歳。それ以外も21〜22歳の選手が2〜3人出ている。外国人も自分とブラジル人のデレウとコンゴ系フランス人のクリストファー・クアレンボの3人だけなんで、波のない戦いをするのが難しい。流れがある時はいいけど、それがなくなった時が一番困る。もう一回勢いをつけるためには勝つしかないんですけどね」と松井は言う。


 しかし、彼のケガからの復帰戦となった24日のルフ・ホジューフ戦も0−0の引き分けに終わった。松井は後半から出場したが、今季3点目のゴールはなし。リーグの前半戦は残り4試合のみとなったが、ここから全力で巻き返しを図るつもりだ。

日本復帰を検討も背中を押したカズの言葉

 04年夏に当時フランスリーグ2部に所属していたル・マンの扉をたたいてから足掛け10年。松井はサンテティエンヌ、グルノーブル、トム・トムスク、ディジョン、スラビア・ソフィアと4カ国7クラブを渡り歩いてきた。今季欧州10年目というのは日本人選手最長だ。ル・マン時代はまずまず順調だったが、サンテティエンヌで試合に出たり出なかったりと苦境が始まり、グルノーブルではクラブの経営破たんという一大事に直面する。

 そしてロシアを経て移籍したディジョンでは事実上の戦力外扱いを受ける。こうした紆余曲折には本人も苦悩しただろう。さらに再起を懸けて赴いたブルガリアでもリーグ戦11試合の出場に終わった。ケガをするたび痛み止めの注射を打たれるなど医療体制への不信感も募り、松井は日本に戻ることを真剣に考えたという。


「どうしても日本に帰りたくなってね。ブルガリアもしんどかったし、自分も31〜32でこの歳ならまだ輝きを見せられるギリギリの線かなと。それに俺、日本では4年くらいしかやってないから、日本でやりたいなと思ったんです。いろんな人の話も聞きました。ポーランド行きの話が来た頃、カズさん(三浦知良、横浜FC)に相談したら『求められるチームがあるのならいいんじゃないの』と言われた。それで『ダメだったら帰ればいいや』って旅行みたいな気持ちで6月20日頃に現地へ行きました。その時、グダンスクの町を見たら『ああ、いいなあ』て。人もすごく親切だったし、練習参加したその日に契約しちゃった(笑)。家族も『肌に合う』って言ってくれてるからよかったです」

欧州の登竜門となる可能性

ポーランドは日本人選手の欧州への登竜門になりつつあるという。若手たちにアドバイスを送る中で松井は人を育てる喜びを感じるようになったと話してくれた
ポーランドは日本人選手の欧州への登竜門になりつつあるという。若手たちにアドバイスを送る中で松井は人を育てる喜びを感じるようになったと話してくれた【六川則夫】

 ポーランドには浦和レッズでプレーしていた赤星貴文(MKSポゴニ・シュチェチン)ら10人以上の日本人選手がプレー。欧州の登竜門としての位置づけになりつつあることを松井も現地入りして初めて知った。


「フランス系アフリカ人がフランスリーグを経てイングランドへ行くように、日本人選手が次に狙うべきところはポーランドかなと思うんです。ドイツという欧州で一番安定している隣国に経済的にも補われているから、この国はすごく安定してる。若い人は英語を、年配の人はロシア語を話せるし、規律もしっかりしている。サッカーの面でもドイツのスカウトが頻繁に見に来てるから、ポーランドで活躍すればドイツへ行くチャンスは十分ある。ウチのダビドビッチもドルトムントが目を付けているから移籍するかもしれない。ドイツも今、レベルが上がってきて、いきなりは行けなくなってきているから、そういう意味ではいいんじゃないかな」と彼は言う。


 いずれはドイツなどのビッグクラブへ羽ばたこうと野心を燃やすレヒア・グダンスクの若手たちに、松井も可能な限りのアドバイスをしている。指揮を執るミハエル・プロビエシュ監督も「若手の見本になってくれ」と松井に特別な信頼を寄せているようだ。これまでの彼は「自分がドリブル突破できれば満足」とエゴイスト的な考え方をする傾向が強かったが、ここへきて人を育てる喜びを感じるようになったという。


「監督からも『若いやつらができなくても怒んないでくれ。まだしょうがないから』ってよく言われる。でも練習すればよくなると思って、日本の中高生に言うような動き方とかボールのもらい方を指示してます。『俺が顔上げたらすぐ走れ』とかね。昔は自分が走ってたけど、今はもうそんなに走れないし、今は出し手側に回ってるから(笑)。


 そういう中で、最初は全然できなかった選手たちがそれなりになっていくのを見るのはすごく面白い。こういう感覚になったのは初めてですね。それと同時に、今まで全然気づかなかった監督のサッカーに対する考え方も分かるようになってきた。今は監督の隣にいるような感じでチームを見てる。足じゃなくて、頭で考えてサッカーをやるようになってきたんだなと最近になって思います」

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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