松井大輔、ディジョンで陥った予想外の苦境=困難を乗り越え、もう一花咲かせることはできるか

木村かや子

レギア・ワルシャワの練習に参加した松井だったが、予算不足により移籍は実現せず 【写真:Newspix.pl/アフロ】

 松井大輔のディジョン移籍とリーグアン復帰を告げた前回のコラムから、さまざまなことが起きた。松井が非常に長く故障でプレーできない状態にあったので、続報は復帰して展開が見えてからにしようと思っていたのだが、回復したと思ったとたんにポーランドのレギア・ワルシャワ移籍のうわさが勃発(ぼっぱつ)。そこでもう展開の予想は不可能と割り切り、やや中途半端ながら、松井のここまでの歩みを説明しておこうと思う。ちなみにポーランド行きに関しては、練習参加で期待が高まったあと、結局レギアの予算不足のために話は流れた。

 ディジョンに移籍した今季、松井はここまで3試合でしかプレーしていない。開幕節の対レンヌ戦で試合の一部をプレーしたあと、コンディション不足を理由に続く2試合でベンチから外れ、その後のリーグカップを含む3試合では、ベンチ入りしたが出番はなし。第7節のブレスト戦で、初めての先発出場となった。ところがいざこれからという第9節で、後ろからのタックルを受け不運にも負傷。この故障が思いのほか長引き、回復したときにはすでに12月も半ばに差しかかっていた。

出遅れの理由はコンディション不足

 松井が出場機会に恵まれていない理由は、段階を追って複数あるように思える。まずシーズン開始時での原因は、自らのコンディション不足だった。

 グルノーブルの破産騒ぎでサインが遅れ、新チームでの練習試合に出られなかったため、「実戦での調整が不足している」と繰り返していたパトリス・カルトロン監督は、それでも松井を開幕節のレンヌ戦に招集した。後半21分、すでに1−3とリードされていた場面で左ウイングとして途中投入された松井は、こうして2年ぶりのリーグアン復帰を果たす。しかしまだリズムをつかんでいない様子で動きにキレがなく、流れを変えるには至らず。チームは初リーグアンの緊張からか守備面でパニックに陥り、さらに2失点して結局1−5の大敗を喫した。

 松井は試合後「この結果では、リーグアン復帰の感慨という気分ではない」とした上で、「でも今日の試合を見て、プレーの組み立ての面でもっと自分が関わることができればと思った。ただ試合感覚的に、慣れるのに少し時間が必要という感じがする。焦らず徐々に調子をあげ、早く先発できるように体調を整えたい」と話した。

 松井が加入したとき、カルトロン監督は「松井は高い技術を持つ選手。この若いチームに技術と、リーグアンでの経験をもたらしてくれるはずだ。今、やや自信をなくしている様子の彼を、ル・マンに似たアットホームな雰囲気のここディジョンで再発進させたい」と熱っぽく語っていた。この言葉は、心からのものだったと思う。

 しかし、調子がいい者を出すという姿勢において、カルトロン監督は非常に徹底していた。レンヌ戦の様子を見た監督は、「実戦の準備が足りず、まだ本調子に戻っていない」と同じせりふを繰り返し、次の2戦で松井をメンバーから外した。

 プレシーズンの準備試合に出られなかったのは事実として、なぜこうもコンディションが良くなかったのか。この問いに関し、松井自身は「ロシア、またグルノーブルと2部でプレーし、緊迫感のない雰囲気のなかで1年間ぬるま湯につかりすぎていた。周りの調子に合わせてしまったのは、僕自身の責任」と自責している。

 ここで松井に公平を期すために言えば、試合勘が戻っていないからと試合に出さなければ、いったいどうやって感覚を取り戻せというのだろうか。反面、死に物狂いで残留を目指さなければならないチームに、本番にコンディション不足の選手を出して調整などやっている余裕がないのも事実。初戦だろうがなんだろうが、出場したわずかな時間の間に決死の覚悟で力を出す、という危機感は必要だ。しかし、本人が言うように1年かけてプレーがなまってしまったのなら、開幕前の数日間で取り戻すというわけにはいかなかったのだと想像する。

若手の急成長で起きた過酷なポジション争い

 ところが、松井が復調に努める間にチーム内で状況が発展し、別の理由が浮上した。ポジション争いである。開幕戦で出はなをくじかれたディジョンだが、試合を重ねるうちにチームは徐々に勢いに乗り始め、松井が出場しなかった数試合の間に、若いウインガーたちがのびのびとしたプレーを見せ始めた。

 左ウイングのエリック・ボテアク(24歳)の評価は昨シーズンからそれなりに高く、そのためシーズン前、地元記者たちは「松井は代表で受け持つ右ウイングに行くのでは」と予想していた。ボテアクは、168センチと小柄ながらタッチライン沿いを絶え間なく上下する疲れ知らずのウインガーで、スピードも技術力もまずまず。守備にも積極的に戻る精力的かつ献身的なタイプで、度胸もある。このボアテクが、数試合での活躍でディジョンの中心選手の地位を獲得。序盤戦におけるディジョンのスターとなった。

 一方、右ウイングのトマ・ゲルベール(21歳)は3部のルザナクから来た無名選手。つまり最初はあまり期待されていなかったのだが、序盤戦の彼は存在感がないように見えていたかと思ったら、不意のアシストで得点に絡む、といった感じに、結果を出す運に恵まれていた。そして試合を重ねるうちに、こちらも自信をつけ、徐々にプレーレベルを上げていく。数試合が進んだころには、批評家に「序盤戦の発見品」と評されるまでになっていた。

 このふたりは、運動量、攻守への貢献、ネバーギブアップの精神と、ディジョンのような残留を目指すチームに必要なものを持っており、ダイレクトなカウンターを武器とするディジョンのプレースタイルにも合っていた。さらに控えには、細かい技術は雑だが足だけは速いコルニョー、のちに調子を上げてくるベランゲなど、未完成だが悪くないものを持つ20歳そこそこの選手が数人いる。つまりこのチームのウイングは、非常に人口密度が高いのだ。

 初のリーグアンということもあり、開幕前、若手たちがどこまでやれるかは、監督にとっても未知だったはず。だからこそ数人のベテランを加えて強化したのだと思うが、試合を重ねるごとに自信をつけていったこれらの若い無名選手たちが、おそらく監督の予想を超える伸びを見せた。若手の意欲あふれるプレーでいくつかの勝利をつかんだあと、カルトロン監督が、波に乗っているときにメンバーを変えたくない、と思ったのも、正直うなずけることだった。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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